そうだ、転職しよう -6-

文字数 1,461文字

『あんた戦士向いてないわよ。やめときなさい』
 リョウがずっこけた。あの笑顔を向けられれば、適性があったのだと期待してしまう。それが大どんでん返しされたのだ。非言語コミュニケーションの失敗例を見せられた気分だ。リョウは憤慨して詰め寄る。
『なんでだよ!』
『あんたのそういうところよ。短気で、自分の思い通りにならないと気が済まない。戦士って、あんたが思ってるよりもずっと冷静さが必要な職業よ。ただ武器を振り回してるだけだと思ったら、大間違い。クリーチャーと一番近くで戦うのに、冷静さを欠いた判断をすれば、すぐに命取りになるわ。それを理解しないで戦士になりたいなんて、冗談もいいところよ』
 サチコの言うことはごもっともだ。戦士なら、敵と闘うときは接近戦になる。ひとつ間違えればどうなるか分からない。リョウはぐうの音も出ないようだった。
『だけど、その短所が長所になる職業があるわ。魔導士よ。文字が読めない、覚えられない、なんていうお馬鹿さんじゃ無理だけれど、あんたは学はありそうだわ。違う?』
『……勉強はさせられてた。小さいころから、母さんに勉強しろ勉強しろって』
『お母様に感謝するのね。しっかり勉強していたお陰で、魔導士としての基礎力が培われているわ。それに、魔導士は感情によって魔法力が左右されるの。思いが強ければ強いほど、効果も強くなる。あんたは短気だけど、言い換えれば感情が大きく動きやすいということ。魔導士の適性があるわよ』
 コージは驚いた。サチコの話はただのお説教ではなく、リョウの人間性をきちんと見極めた上での助言になっていた。リョウの言うなりに戦士に転職させてしまっても、またその結果すぐに死んでしまっても、サチコは痛くも痒くもないだろう。だが、そんなやっつけ仕事をせず、相手の適性を的確に判断している。
『俺は、剣士にはなれないのか……』
「なんでそんなに剣士にこだわるんだ? 何か理由があるのか?」
『強くなりたかった。小さいころ、親の目を盗んで幼なじみと街の外に出たことがあるんだ。そしたら、クリーチャーに襲われた。偶然通りかかった旅の剣士が助けてくれなかったら、俺はとっくに死んでた。クリーチャーは怖かったけど、それ以上に剣士がかっこよかったんだ。俺もあんな風になりたいと思った。馬鹿みたいな理由だよな』
『……前に馬鹿にしてきた人がいたのね?』
 リョウは目を見張った。図星だったようだ。サチコは先ほどまでとは打って変わり、優しい表情を浮かべた。
『別に馬鹿だなんて思わないわよ。どうしてその職に就きたいのか、なんて人それぞれでしょ。世間じゃ、転職の理由を根掘り葉掘り聞いて、重箱の隅をつつくような質問をするような連中もいるけど、アタシに言わせれば滑稽だわ。そんなこと聞いてどうすんのよって思うわ』
『……』
『他人に馬鹿にされて、悔しかったわね。けど、相手にしちゃだめよ』
『俺を助けてくれた剣士、すごく落ち着いた人だった。俺とは違うって、心のどこかでは分かってたんだ。馬鹿にしたやつらも、頭ごなしに反対した母さんも見返したくて、剣士にこだわってた。でも、それって何か違うって今分かったよ。ありがと、おばさん』
『ウフフ、どういたしまして。でも、次におばさんって言ったらほっぺた抓って引き千切るわよ』
 急にドスの効いた声になってリョウに髭面が急接近した。本気でやりそうな剣幕だ。リョウはキツツキ顔負けの速度で何度も頷いた。おじさんと呼ばずにおばさんと言ったのはリョウなりの気遣いだったのだろうが、それでも不合格だったようだ。
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