第18話 雲かかり

文字数 964文字

 繁華街の人手は減り続ける一方で、入り組んだ路地にある雑居ビルの前には変わらず人が列をなしていた。通りに面した看板もない小さな部屋、そこから長い行列は表通りの角を曲がり、延々と続いている。その列に並ぶ関谷美里も例に漏れず、スマートフォンを眺めながら順番が来るのを待っていた。立って待ち続けるには少し寒い初冬の週末だった。
 長きに渡り占いは人々を魅了し続けてきた。その歴史の連なりの果てがこの列に繋がっているように、今日も世界のどこかで人は言葉を求めている。とくにこんな世であれば、それは特別な響きを持って導いてくれるのではないだろうか、美里もまた、そう期待していた。
「随分、お待たせしましたね。どうぞ、お掛けになってください」
 毎日、幾度も繰り返されてきたであろう台詞で占い師の女は美里を出迎えた。年齢不詳の若くも見える小太りの占い師は、どれだけの人生に言葉を与えてきたのだろうか。そして、どれだけの人がその言葉に救われたのだろうか。当たると評判の占い師は美里の手を取ると、感情のない眼でマスク姿の美里の眼をじっと見つめた。
 外へ出た美里は自分もそうであったであろう待ち人達の好奇の眼に晒されながら、その場を後にした。
 表通りのきらびやかな電飾や派手な色の看板は、今やこの人通りの減った街で誰に向けられているのだろうか。その虚無に包まれた道を歩く美里の足取りは重かった。
「ごめんなさいね。あなたに言えることは何もないの…… ずっとどこまでも山が連なっていて、厚い雲が昇り始めた太陽を遮って…… 見えないのよ、何も見えないのよ……」
 すがる言葉はそこになかった。
 上着のポケットへ無造作に押し込んだ返金された紙幣の軽さが、こんなにも頼りなく感じると美里は思わなかった。どこからともなく聞こえてくるスピーカーのアナウンスは外出の自粛を促し、街のあちこちに掲げられた広告には旅行と外食を誘う宣伝文句が躍っている。ニュースを見れば世界中の悲惨な現状が映し出されるが、自国の政治家の発言は占い師のように、美里の希望になるようなことは何も言ってくれなかった。
 恋人もおらず、友達との交遊も控えていた美里にとって、何か実感を与えてくれるような言葉、久しい人の生の声を探そうにも、この街のどこにもそれはなかった。
 そして今日も街は日没を迎える。
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