第20話 足引の

文字数 1,085文字

 何においても形から入る安永まりは、アウトドアショップの隅から隅までを物色している。終わった恋で持て余す時間を費やすために秋の山に登ろうとまりは突然閃いた。旅行なんて言い出せば生真面目な家族の反対にあう、山であれば人との接触も極力抑えられる。そうと決まれば、モタモタしているのが嫌なまりは、つま先から頭の先、果てはバックパックにぶらさげる小物に至るまでカラフルで機能的な装備をあれやこれやと買い揃えた。満足気に店を後にするまりの両手には大きなナイロン袋二つ、それらはまるで恋で負った鬱憤そのものように大きくやけにかさばった。
 帰宅するなり母親に大きな買い物袋を見られたまりは、小言を背中で聞きながら自室へと早々に逃げ込んだ。重い荷物を床に投げ出すと、解放された勢いでベッドへ倒れ込んだ。いつものまりであればこれで大抵満足できた。まりの心を満たすだけに買われた洋服や小物、化粧品、美容グッズに至る不必要な物で部屋は溢れかえっている。しかし、今回は登山をしなければ心を満たせそうもないまりは、起き上がると包みを片っ端から開けタグを切りながら、早速着替え始めた。
 下着からタイツ、靴下、インナー、パンツ、アウターを装着した姿にまりは気分が高揚し靴まで履いた。もはやまりの気分は登山口で記念撮影をしてしまっている。次にバックパックの口を広げると、箱から出したコッヘル、ガスバーナーを詰め込み、こまごました物を一つ一つ眺めてはうっとりとした。登り始めて少し汗ばむような火照りをまりは感じた。バックパックを背負いベルトを固定すると心地良い程度のホールド感が益々まりをやる気にさせ、ハットを被り、サングラスを掛け、トレッキングポールを引き伸ばし……
「まり、帰ったら手洗いとうがいをしないとお母さんいやよ……」
 あと少しで登頂というところに母親が部屋へ入ってきて、まりは重い足取りでリビングへと連れて行かれた。
「とりあえず、家の中で靴を履くのは止めなさい」
 父親に諭され、まりは身に着けていた物を渋々と外していった。そこからが長かった。元々大学の登山部だったと父親から初めて聞かされ、まりが身に着けている物の性能のうんちくやちぐはぐな取り合わせを指摘される始末。挙句の果てに素人のまりが一人で山へ行こうとしていたことを知った途端、山をなめるなと叱られてしまった。
 母親のいつもの仲裁が入りその場は治まったが、まりは失恋以上の遺恨を抱えた。拗ねて部屋へと戻ったまりは、全てを投げ出しベッドに倒れ込んだ。
「ああ、もう全部イヤ。男も山もバカヤローだ」
 まりの部屋には、また使わない物が増えた。
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