第61話 世の常の

文字数 1,092文字

「一年を通して、これほど暦と自分を眺めたことがあったであろうか。時間と日にちの進行はもどかしいようだが正確であり、結局、速くもならないようなものを見続けることは、現代の私達にとってどれほど苦痛なのだろうか」
 ブログの更新を終えた長島英俊は、ソファーに勢いよく腰を下ろし、首を背もたれの上に乗せると天井を仰いだ。
「ああ、何もかも、分からん」
 昨年の冬からずっと見続け、注視し続けてきた全ては、何も意味を成さない。唯一分かっていたのは、一年前よりも悪くなっていることだけだった。
「ああ、この天井、ずっと見てる気がする…… 一年間ずっと……」
 英俊のブログを読んでいる者は、ほぼいなかった。たまに閲覧があったとしても偶然辿り着いただけで、毎日書いていても読まれない日の方が多いぐらいだった。それでも英俊がブログを投稿し続けたのは、今いる場所が分からなくなってしまったからだった。もちろん、自分の部屋、住んでいる街のことではない。時間における立ち位置、過去から未来への繋がりの中での点、すなわち現在を見失った自分のためにブログを書いていた。
 日付けを確認しながら、毎日並んでいるタイトルの一覧が増えてゆくにつれ、英俊の中で日付けに意味があるのかどうかも疑わしくなってきた。やがて英俊は日付けを気にせず好きなように書き足し続けた。やけに文章が長い日もあれば、全く投稿されていないように見える日もあったが、英俊は何らかの文章を毎日書き続けていた。
「ああ、書いても書いても、余計に分からなくなってきてるな」
 書いては天井を眺め、英俊は言葉を連ね、拾い続けた。ニュースには数字が躍り、「過去最高」という言葉が毎日のように繰り返される。猛スピードで駆け上がる数値に張り合うように、英俊の文字数も次第に増えていった。
「白昼夢のような毎日で、あれから私達は一度も目覚めることなく、同じ時間の中にいます。北半球も南半球も時差も何もない世界が、今の私達の世界であり、これまでの物理的な空間を離れ、人類は共通の思考の世界の穴へと入り込んでしまったのでしょう。その先で私とあなたが想うことに、どれだけの差があるでしょうか。以前のように個人の存在が意味を持つことは再び起こりうるのでしょうか。私達は、たった一人の小さな存在の一部分に過ぎないのです」
 一年前のことが昨日のことのように思えるほど、この一年は空白のように思えた。むしろ、まだ空白の中から抜け出せず、長い一日をずっと過ごしているのではないだろうか。いつ訪れるか分からない明日を、いつまで待てばよいのだろうか。終わらない日の中で今日も英俊は天井を眺めていた。
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