第25話 ぬぎかへて

文字数 1,004文字

 過ぎゆく春の後ろ姿を見送るように梅雨は暑さを連れてきた。テレワークで自宅からあまり出ない竹井あすかは、ハンガーに掛けられたままになっていたスプリングコートを手に取り眺めた。年始に購入したものの一度も着なかった淡いオレンジ色の薄手のコート。
「いらないか」
 あすかは、躊躇なくコートを大きなビニール袋に詰め込んだ。
 クローゼットの中を手前から漁ってゆく。衣装ケースの奥からは、すっかりと忘れていた服がどんどん出てくる。よくもまあこんなに買い込んだものだと、あすかは呆れながら袋に詰め込んでゆく。すぐに袋は膨れ上がったが、まだまだクローゼットには服が詰まっていた。
 この際、どうせなら一掃しようと、あすかは新たなビニール袋を広げ次々と服を投げ入れた。二袋目、三袋目と満杯になった袋の口を縛り上げると、鞄や靴も気になり始めた。こうなればとことん最後までと、あすかは食事を取るのも忘れて夢中で選別をし続けた。
 スプリングコートは、この春に別れた男と一緒に買いに行ったものだった。服好きのカップルは休みになると街へ繰り出し、毎月の給料を貯金することもなく服や靴、小物を散財した。しかし、外出自粛の影響と店舗の休業が重なり、あすかは服を買うことがすっかりとなくなった。次第に男とも会う機会は少なくなり、そのまま自然と別れることになったのである。
 袋は服だけで六袋、靴は十二足、鞄や小物を詰め込んだ二袋が部屋の片隅に積み上げられた。どれもあすかが気に入って買ったというよりかは、男に薦められ買ったカラフルで鮮やかなものばかりだった。あすかの好きな黒や寒色の残った服だけでは、ここのクローゼットは広く見えた。
 手配したタクシーがマンションの入口に着くと、たくさんの大きな袋を抱えて現れたあすかに運転手は引越しかと驚いた。一度では足りず何往復かして何とかすべてタクシーに積み込むと、服専門のリサイクルショップへとタクシーは向かった。あすかは、何としても早く処分してしまいたかった。いつまでも家に置いておくのが邪魔だったのと、視界に入るそれらの物がいちいち男の顔を思い出させるからだ。
 持ち込まれた量に店員も一瞬驚いたが、少し見ただけで人気ブランドやセンスの良い物が多かったので、すぐに査定へ取り掛かった。
 全てで十三万八千円にもなった。店の去り際、あのスプリングコートが眼に入った。
「まあ、それなりに楽しい思い出もあったかな」
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