第14話 くり返し

文字数 939文字

 墓地が好きだと言うと不気味がられ、またその説明が面倒なので、大学生の黒木典子はそのことを誰にも明かさず、いつも一人で墓地を散策していた。休日の晴れた午後や平日の授業が早く終わったときなど、暇があれば足を運んでいた。
 小春日和の午後、典子は気に入っている墓地へと出かけた。そこは都会のビルの合間にある広大な古い墓地と広く知られていたが、もちろんビルの建つ以前から墓地が先にあったので、典子はそれらを「無礼なビル」と呼び、そこに入る会社も毛嫌いしていた。
 墓地へ訪れるときはいつも、全身黒い装いと典子は決めていた。そして、いつでもすぐに墓地へ行けるようにと、いつしか黒い服しか買わなくなった。その姿は個性の強いファッションモデルのようで、背が高く痩せ細った身体の典子は、歩いているだけで人目を引いた。
 墓地に入ると典子は、見ず知らずの家の墓石を眺めながら歩いた。気になった家の名前や墓碑に記された戒名を読んでは手を合わせ立ち去った。
「色とりどりの立派なお花、この人は愛されていた……」
「瑞々しい肉厚の榊、今日お参りにきたんだ……」
「ああ草に埋もれて、忘れられてしまったのね……」
 なぜ、それほどまでに典子は墓地に惹かれるのか。以前に一度だけ、その問いに対して答えた相手がいた。
 満開の桜が綻びだした頃、典子はいつものように黒い衣装をなびかせ墓地を歩いていた。ちょうど墓地の老職員が曲がった腰に手を当て顔を上げると、その側を典子が通りかかった。老婆の足下には掃き集められた花弁と竹ぼうきが転がっている。
「いい天気ですねぇ。お参りするにはいい日ですよ」
「こんにちは。お掃除も捗りますね」
 頭に手拭をかぶり親しみを皴に含んだような老婆の顔に典子の石のように強固な緊張感も和らいだ。
「お若い人はお墓に近づきもしないからねぇ。あなたに参られるお方はお幸せなことですよ」
「実は私、ここの墓地に縁はなくて…… ただ、墓地は新たな旅が始まる大事なところだと思っているので、その…… 輪廻というか……」
「輪廻転生。私も好きな考え。嬉しくなるわ。若い人の口からそんなこと聞けるなんて」
 どこからともなく漂ってくる線香の香りに二人は春天を仰いだ。降り落ちる数多の花弁が、ゆらゆらと陽光の中に煌めている。
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