第9話

文字数 481文字

 彼女は微塵(みじん)も慌てていない、落ち着いた声で言った。

 震える手に彼女が気が付かなければいいのに、と思いつつ、巾着の袋の口を開けると、「あ、もう少しこちらへ」などと彼女は指示をする。しかし彼女がしっかりと押さえているとはいえ、蛇の(そば)に手を出すのはなかなか勇気がいる。

 (袋の口を開けた巾着袋……。まさか……?)

 この状況では、蛇を巾着袋に入れようと彼女が考えているとしか思えない。しかし、もしそうだとすれば、手の近くに蛇が寄ってくることになる。

 「さ、早く」

 彼女の迷いのない落ち着いた声を前にして、これに反対出来る人などいるだろうか?
 引っ込めたくなる両手を無理やり精一杯に伸ばす。顔を背けるように袋の口を開けて、巾着袋をささげもつ。
 すると彼女はあっという間に蛇を巾着袋の中に入れ僕の手から袋をひき抜くと、すばやく紐を引き絞った。

 「あの、私、蛇と一緒にお店に戻っちゃまずいですよね?」

 彼女は呆然(ぼうぜん)としている僕に優しく言った。ゆっくりと彼女に視線を戻すと、彼女の目にようやく焦点が合った。すると体から切り離していた思考も遠くの方からゆるゆると戻ってきた。

    
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