第101話

文字数 598文字

 エスペランサで食事をしたことがない杏さんは、予想通りなかなか決まらずメニューの上を視線がなんども行ったり来たりしている。注文を先に済ませた渚さんは、僕の方を見てからかうように口元を緩ませた。

 「ねえ、マスター。杏さん、いつもと違うでしょう?」
 
 もちろん入ってきた瞬間に気が付いていた。杏さんはいつものオーバーオールじゃない。明るい色のワンピースに小さなイヤリングもつけている。

 「そうですね。素敵な……」

 「ちょっと待った! ステキな洋服ですね、なんて言ったら、落第よ!」

 まさにその通りに言おうとしていたところを鋭く遮られる。でも落第って何からだ……?

 「ちょ、ちょっと渚さん……」

 杏さんが頬を赤く染めて渚さんの袖を引っ張る。あれ? 杏さんの頬。もとからほんのり赤かったような……? 思わず杏さんの顔に視線がとまる。一、二、三秒……、杏さんの耳たぶまで熱が浮かんでくる。

 「あの、ええと。おきれいです……」

 洋服をほめていたら確かに失格だった。杏さんに恋する男として。杏さんは薄化粧していた。髪もいつもの髪型ではなく、両脇からゆるく編み込み後ろでまとめられている。三つ編みの下からはゆるくウェーブがかかった髪が肩に落ちている。いつもの杏さんが向日葵なら、今日の杏さんはかすみ草だ。

 渚さんは声には出さないが「よしっ」と言うように、僕の答えにうなずいた。かろうじて合格できたようだ。

    
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