第24話

文字数 612文字

 ふっ、と笑いなのかため息なのか、自分でも分からない息をひとつ、ついた。僕が落ちた、ゴルフのホールに似た恋の穴は、思いのほか深かったようだ。僕はすでに磨いてあるグラスを棚から一つ取って、また磨いた。気持ちを落ち着けるにはこれが一番だ。

 カランカラン、と入り口のドアベルが鳴った。
 
 「惣一郎!」

 共同経営者の蒔田(まきた)が慌ただしく入ってきた。

 「さっき出て行ったの、玉城(たましろ)杏さんだろ?!」

 と勢い込んで聞く。騒がしい奴だ。エスペランサのコンセプトは、落ち着いた大人のカフェだと自分でもいつも言っているのに。

 「そうだけど……?」

 だがなぜ蒔田は杏さんを知っているのだろう。かすかな嫉妬が腹の中に生まれる。蒔田は学生時代からモテるのだ。しかもモテるだけでなく、来るもの拒まず、来ないものもいつの間にか引き寄せてしまう女たらしなのだ。

 「杏さんはエスペランサに野菜を卸してくれてる、オーガニック界では知る人ぞ知る人なんだ。山に住んでいて下界にほとんど降りてこない人だから、なかなか会えないのに。あー、杏さんと話したかったなあ。いつも野菜を卸す予定しか話せないんだよ。杏さん、電話もすぐに切っちゃうし」

 蒔田は恨めしそうな様子でドアの方を振り返った。
 僕は杏さんが野菜を作っていると聞いて(そうだったのか!)と納得がいった。杏さんはミックスジュースやサンドイッチなど、野菜やフルーツを使っているメニューを、妙に気にする素振りを見せていた。
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