第37話

文字数 540文字

 瞳さんはフレッシュミックスジュースの最後の一口を飲み干すと立ち上がった。
 それから伝票を掴むと、瞳さんは杏さんに手を振って、エスペランサを出て行った。カランカラン、とドアベルの音が後に残った。

 杏さんは一人、両手でカップを持ってカプチーノをゆっくりすすった。フォームミルクに描かれた、鹿も、その鹿に鹿せんべいをあげている杏さんも、一緒に渦巻いてまるごと杏さんの口の中に消えていった。

 杏さんがエスペランサを出て行った後、蒔田がため息交じりに言った。

 「なあ、惣一郎。モーニングファームでは生産者が名前入りで作物を出荷するんだけど、杏さんの野菜はいつもすぐに売り切れてしまうほどの人気らしいよ。今朝、仕入れに行った時に聞いたんだけどさ。なんか納得だよなあ。」

 杏さんの出て行ったドアを、蒔田がいつまでも見つめているので僕の心は落ち着かない。
 ガシャン! カップの割れる音が響いた。手にしていたグラスを落としてしまったのだ。

 「失礼しました」

 僕とエスペランサの共同経営者でもある蒔田は、同時に頭を下げ詫びる言葉を口にした。
 グラスを割ったのは僕だけど、その原因は蒔田、お前にもあるから当然だ。頭を上げた蒔田と目があったが、僕は気が付かないふりをして割れたカップを片付けた。
    
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