第79話

文字数 560文字

 ビターチョコレートを二枚、渚さんと杏さんの真ん中に置く。薄い板チョコは、ほんのり甘いアプリコットコーヒーも砂糖なしのカプチーノも、どちらも引き立ててくれるはずだ。

 「ありがと、マスター」

 渚さんはさっそく一枚、チョコレートを手で割って口に放り込んだ。

 「渚さんの選択肢、って何になるんですか?」

 「ん? 杏さんと同じ。生殺与奪権、かな?」

 いたずらっぽく渚さんが笑みを浮かべた時、カラカラン! と騒がしくドアベルが鳴った。勢いよくドアが開けられたのだ。店内の視線が降り注がれた人物は、店内に入ったところで店内をせわしなく見回している。

 「ケンちゃん!」

 渚さんが呼びかけた。

 「あっ、なぎちゃん! やっぱりここにいた」

 ケンちゃんと呼ばれた、小太りの男性が渚さんのテーブルに駆け寄った。お笑い芸人を目指しているとは思えない、素朴で真面目な感じだ。
 ぎこちなくテーブルの横にひざまずくと、ポケットから小さな箱を取り出した。

 「なぎちゃん、結婚してください! 僕、浮気なんかしてないよ。なぎちゃんの誤解なんだよ」

 小さな箱を差し出したまま、涙目で訴える。

 「僕、仕事が決まったんだ! でもなぎちゃんにナイショにしないといけなくて……。」

 「えっ?! ナイショにしないといけない……って、なんで? なんの仕事なの?」

    
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