第31話

文字数 507文字

 瞳さんは椅子の上に置いてある杏さんのリュックを指差した。

 「そのリュックに付けているキーホルダー、可愛いですね」
 
 瞳さんの視線の先には、動物のシッポのようなキーホルダーがぶら下がっていた。本題に入る前の準備運動のような会話として、あたりさわりのない話題を選んだのだろう。

 「あっ、これですか?」

 ところが杏さんは、小さな子供が頭を撫でられた時のように顔を輝かせた。嬉しそうにカバンからキーホルダーをはずすと、瞳さんに手渡した。瞳さんはキーホルダーを手の上で転がして、首をかしげた。

 「杏さんのキーホルダーは、よく見かける毛がフサフサのものより毛足が短かいですね。それに……、これは縫い目……、ですか? ということは……、あれ? これは手作りなんですか?」

 瞳さんは怪訝そうに尋ねた。

 「はい。それは鹿さんの毛皮で作りました。」

 「鹿の……。毛皮? 尻尾?」

 「尻尾ではありません。それはちょうど」と、杏さんは左の鎖骨の下のあたりをポンポンと叩いて見せた。「このあたりです」

ガタッと椅子が音を立てた。瞳さんは思わず身じろぎしてしまって、手からキーホルダーを落としそうになったが、かろうじて持ちこたえた。

    
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