第93話

文字数 568文字

 ドアから真っすぐにあなたの所に行ったんですよ。どうしてもあなたの側に行きたかったみたい。犬を飼っていらっしゃるのかしら? でもそれにしても……?」

 とても不思議そうだ。

 「犬は飼っていないんです。鶏とチャボとヤギは飼っていますけど」
 
 と杏さんは言って、女性と同じように首をかしげる。

 「ああ、もしかすると」と杏さんはふと思いついたように言った。「今朝、草むしりをしたので土っぽい匂いがしたのかもしれませんね」

 「ああ、そうかもしれないですねえ」

 と女性はうなずくと、手をのばしてまた犬を撫でた。撫でられている間、犬はただ機嫌よく目をつむっていたが、女性が手を引っ込めると、また杏さんをじっと見つめた。犬の目というのは、どうして「好き」という感情をはっきりと表すことが出来るのか、本当に不思議だ。杏さんを見つめるラブラドールの目は「好き」どころか「大好き大好きすごく好き!」と雄弁に語っていた。杏さんがその熱い視線に根負けするように、チラッとラブラドールを見るたびに、すかさず尻尾がサリサリと音をたてた。

 「杏さん。草むしりしてきたんですか?」

 唇に笑みを昇らせて、蒔田が杏さんに尋ねた。

 「はい。もう大分涼しいですから、そんなに草は生えないんですけど、やっぱり少しは」

 「オーガニックの基準に違反するから除草剤は使わないんですか?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み