第23話

文字数 540文字

 僕はカウンターの中から、杏さんを何気ない風をよそおって観察していた。そして杏さんが「苦っ」という顔をせず、クッキーとカプチーノを嬉しそうに交互に食べているのを見て、心の中で「よし」っとこぶしを握った 。
 杏さんはカプチーノを飲み終わると、いつものように長居はせずに立ち上がった。 
 
 「先日のお礼ですから、カプチーノは店からです」

 お財布を出そうとする杏さんに笑顔で言った。
 それから杏の瞳をのぞき込んだ。杏さんはやっぱり真っ赤に頬を染めて肯いた。予想通りの杏さんの反応が可愛くて、僕は笑ってしまう。
 杏さんはますます動揺してしまったのか、右手と右足を一緒に出し(つまづ)きそうになりながら、カランカラン、とベルを鳴らして帰って行った。

 (ちょっと見つめただけで。手でも握ったら、どうなってしまうんだろう)

 真っ赤に頬を染める杏さんが思い浮かんで、また口元に笑みがのぼってきた。
 ところが次の瞬間、杏さんが先ほど奏さんに対して見せた優しくて落ち着いた対応が、オーバーラップした。
 心臓が音楽を奏でだす。
 子供のような反応をする杏さん。大人っぽい優しさを持った杏さん。
 
 僕は天井をあおいだ。惚れた方が負け、というけれど。勝ち負けを気にしていない相手に勝つことは出来ない気がする。
    
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