第33話

文字数 522文字

 しかし瞳さんがかわいいですね、と言った瞬間、店内には『家族にテレビのチャンネルを変えられてしまったために、クイズの答えを見逃した時のようなガッカリ感』が漂った。かわいいですね、というなんにでも適用されるほめ言葉は、同時に店内に飛び交う疑問符を永遠に疑問のままにするピリオドだ。
 瞳さんは体をキュッと小さく縮こまらせたようだった。でもゴメン、瞳さん。僕もガッカリしてしまった一人です。
 しかし杏さんは店内の空気には全く頓着せずに、

 「可愛いでしょ? やっぱり命をいただくんだから、余すことなく全部使ってあげたいんです。無駄にしないで」

 と嬉しそうに答えた。

 「余すことなく、全部。……あ、そう、か…」

 瞳さんの口から思わず、といった感じに言葉がこぼれ出た。
 杏さんがさらりと言った言葉は、最近流行りの狩猟で捕った肉を食べるジビエ料理を、多少囓った人が格好(かっこ)つけていうのとは違った。命への尊敬が特別なことではなく、当たり前の事のように杏さんの中にあるんだな、とストンと腑に落ちてきた。
 それはおそらく瞳さんも同じだったんじゃないだろうか。

 ふーっと深く息を吐いた。

 「ねえ、杏さん。私、振られちゃったんです」

 瞳さんは杏さんに静かに言った。

    
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