第80話

文字数 506文字

 渚さんが間髪入れずに問い返す。渚さんはどんな時でも疑問は見逃さない。

 「売れない芸人が、プロポーズをする密着だったんだよ。」

 ケンちゃんが言う。

 「だって、カメラ入ってないよねえ……?」

 渚さんは慌てた様子で周りを見回す。ついでに目が合った僕を見つめてきたので、首を横に振ってみせる。取材の依頼は受けていませんよ、渚さん。

 「断ったんだ。僕は仕事よりもなぎちゃんが大事だから! 仕事の事ナイショにして誤解されて、なぎちゃんにふられちゃったら、僕はその方が嫌だ!」

 「じゃあ私がお風呂に入っている間に、コソコソ電話したりしていたのは」

 「そう。プロポーズの仕事、最初は受けようかどうしようか迷っていたから、詳しく話を聞いていたんだ。でも……、なぎちゃん、そんな見世物みたいなの、嫌いだろ?」

 「うん。嫌い……。でもさ、今も充分、見世物になってるよ」

 渚さんは泣き笑いの顔で言うと、ケンちゃんの手を引いて立たせた。僕は椅子をひとつ、さっと持って行った。二人掛けのテーブルだけど、構わないだろう。

 「あ、あの、私……。」

 杏さんは椅子から腰を浮かせながら言った。渚さんはあっという間にいつもの渚さんに戻った。

    
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