第55話

文字数 581文字

 杏さん、僕は動物ではありませんよ、と言いかけたけど、実際にクシャッとつぶれた僕の心は、ふーっと息を吹き返してしまったので、何も言わずに杏さんを盗み見た。
 その瞬間、心配そうに覗き込んでいた杏さんと目が合った。多分、僕はにやけてしまった。ポンポンされて、目が合って。

 「あはは!」

 僕がにやけたのを見て、落ち込んだフリをしてふざけたと思ったらしい。杏さんが楽しそうに笑ったので、仕方ないか、と諦めがついた。
 カラスにランチを横取りされてしまったことは、また今度、ランチを届ける口実にしよう、そう思うと口惜しさが薄れた。

 転がっている水筒を手に取った。珈琲だけでも一緒に飲もう。座れる場所を探してキョロキョロしていると、杏さんが突然走り出した。

 「マスター! こっちですよー」

 と振り返って手招きする。後を追いかけていくと、小さな可愛らしいカントリー調のログハウスに辿り着いた。なんとなく、杏さんは古民家のような木造家屋に住んでいるのではないかと想像していたので、お洒落な別荘かペンションのような家だったのは意外だった。
 
 「格好いいですねぇ」

 「そうですか? ありがとうございます」
 
 どうぞ、と扉を開けて待っていてくれた杏さんの横をすり抜けると、広めのリビングだった。奥から犬が走り出て……は来なかった。

 「杏さんは、動物、飼っているのかと思いました」

    
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