第104話

文字数 569文字

 「まあ、杏さんの変身は大成功だったわ」渚さんは満足げに、細かな泡が立っているグラスを傾けて、勢いよく飲んだ。「マスター、意外と分かりやすいから」

 分かりやすい? 何がだろう? 少し引っかかったが、ちょうどスパゲティが茹であがった。鍋に沈めてあったステンレス製のてぼ(持ち手付きのザル)を持ち上げて水をきり、麺を二つのフライパンに分けて入れる。フライパンをあおると、麺とソースが宙を舞って混ざり合う。スパゲティは出来上がったらすぐにお出しするのが信条なので、会話のひっかかりなどはなかったことにする。
 スパゲティをトングでつまみ、お皿の上で手首をひねって、山型に盛り付ける。お皿の縁に付いてしまったソースを丁寧に拭ってきれいにしたら、出来上がりだ。
 同時に出来上がった二皿を、順番に二人の前に置く。
  
 「美味しそう! いただきます」
 
 「取り皿、お使いになりますか?」

 「あ、いいね。杏さん、少し味見させて? マスター、取り皿ください」

 「マスター、他のお客さんもいないんだし、座って。打ち合わせも兼ねて話しましょう」

 スパゲティを取り分けながら、渚さんが言った。「ホラホラ」と僕を急かす。放っておいたら、椅子を運んできそうな勢いだ。甘えて、カウンターの中に置いてある、背の高いスツールに寄り掛かるような感じで浅く腰掛けた。

 
 
    
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