第34話

文字数 657文字

 「私、エスペランサに入って来た時には、杏さんに今付き合っている人のこと、相談しようと思っていたの。どうしたら彼を振り向かせる事が出来ると思う? 私ってそんなに魅力ない? 答えはもらえなくても、辛い気持ちを聞いてくれると思ったから、質問をぶつけてどうしたらいいの? と言いたかった。なぐさめて欲しかったんです。
 でも今は。」

 僕が二人のテーブルに飲み物を置くと、瞳さんは口をつぐんだ。
 フレッシュミックスジュースとデザインカプチーノ。カプチーノに描くデザインは、お任せだった。気に入っていただけるだろうか?
 僕はカウンターに戻ると、店内に流れる音楽の音量を少しあげた。瞳さんが杏さんと話しやすいように。杏さんは音楽の音量が上がったことに気が付いたのか、ちらっと僕を見た。
 
 瞳さんと杏さんは二人で、カップの中をのぞき込んだ。白いフォームミルクには、鹿に鹿せんべいをあげている杏さんを描いてある。

 「可愛いっ!」

 杏さんと瞳さんは、顔を見合わせて笑った。杏さんはクッキーをひとかじりして、カプチーノを嬉しそうに眺めた。

 「あっ、振られちゃったんでしたね」
 
 少しすると、杏さんはばつが悪そうに顔をあげ、少し申し訳なさそうに瞳さんに言った。あまりにも楽しく浮きたつような空気が二人を包んでしまって、瞳さんが話せないでいることに気が付いたのだろう。
 瞳さんは顔を上げて、カプチーノから杏さんへと視線を向けた。

 「本当は振られてないんです。でも初めから振られているようなものだったのかも。だって不倫だったんだもん」

    
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