第58話
文字数 553文字
だからだと思う。冷蔵庫の方に行こうとして、杏さんの立っている後ろをすり抜けながら、杏さんの頭を通りすがりに手で軽くポンッとしていた。
しまった、と思ったがもう遅い。気安く頭に触ったりして、嫌がられなかっただろうか? そっと様子をうかがうと、杏さんはうつむいて、困った顔で前髪をいじっていた。
心臓の鼓動がひとつぶん、胸に広がった。
杏さんはほんの少し口をとがらせ、上目遣いで自分の額を見上げ、僕がぽんっとしたあたりを見えないのに見ようとしていた。
その背中はあまりにも無防備で……。
もしも今、背中から手を回してギュッと抱きしめたら、どんな顔をするんだろう。杏さんは僕よりもかなり背が低いから、きっとすっぽり顎の下に全部収まってしまうだろう。ふわふわの髪のほつれ毛が、もしかしたら……。
首を振って、一瞬浮かんだ妄想を振り払う。毎週二回、顔を合わせているとはいえ、会話を交わしたことは数えるほどしかないのだ。
「杏さん……? あの……」
もやもやしつこく浮かぶ妄想をかき消すように、声をかける。突然頭をポンとしてしまった無礼を謝ろうと思ったのだが、髪をいじっていた杏さんは僕の声に気が付くと慌てて、
「夏野菜は終わりの方なので、あまりいいものがなくて。ミニトマトくらいならありますけど」と言った。
しまった、と思ったがもう遅い。気安く頭に触ったりして、嫌がられなかっただろうか? そっと様子をうかがうと、杏さんはうつむいて、困った顔で前髪をいじっていた。
心臓の鼓動がひとつぶん、胸に広がった。
杏さんはほんの少し口をとがらせ、上目遣いで自分の額を見上げ、僕がぽんっとしたあたりを見えないのに見ようとしていた。
その背中はあまりにも無防備で……。
もしも今、背中から手を回してギュッと抱きしめたら、どんな顔をするんだろう。杏さんは僕よりもかなり背が低いから、きっとすっぽり顎の下に全部収まってしまうだろう。ふわふわの髪のほつれ毛が、もしかしたら……。
首を振って、一瞬浮かんだ妄想を振り払う。毎週二回、顔を合わせているとはいえ、会話を交わしたことは数えるほどしかないのだ。
「杏さん……? あの……」
もやもやしつこく浮かぶ妄想をかき消すように、声をかける。突然頭をポンとしてしまった無礼を謝ろうと思ったのだが、髪をいじっていた杏さんは僕の声に気が付くと慌てて、
「夏野菜は終わりの方なので、あまりいいものがなくて。ミニトマトくらいならありますけど」と言った。