第19話

文字数 577文字

 唐突に杏さんが奏さんに聞いた。絵が消えるまで待つのか、すぐに飲んでもいいのか、分からなかったのかもしれない。「絵をご覧になったら飲んでくださいね」とひと言説明すればよかったな、と僕は思った。

 「いいんですよ。かっぷの(ふち)からそっと飲むと、絵が消えにくいですよ」

 奏さんはカップの縁を指さしながら答えている。ありがとう、奏さん。心の中でお礼を言う。

 「デザインカプチーノに砂糖を入れてもいいんですけど、ちょっと混ぜにくいじゃないですか。絵が壊れちゃうから。だからエスペランサでは、甘味としてクッキーも付けてくれるんですよね」

 「茶道でお抹茶、飲むときみたいですね。甘みで苦みを消す、みたいな」

 「そうそう」

 フレッシュミックスジュースを飲みながら杏さんと話すうちに、奏さんの(ほお)に赤みがさして、表情からもくもりが取れたようだ。目の下のクマも、心なしか薄くなったように見える。
 奏さんはやがて鞄から携帯を出して時間を確認すると、残っていたミックスジュースを飲み干した。

 「そろそろ、行かなきゃ。杏さん、ありがとうございました」

 奏さんは鞄を持って、椅子から腰を浮かせながら言った。

 「あっ、ちょっと待って」

 杏さんはあのリュックの中から、きれいな色の包装紙の包みを取り出した。しかし包み方は素人が包んだものらしく、しわがよっている。

 「これ、あげます」

    
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