第108話

文字数 587文字

 「はい。そういうことになりますねえ。一番得意なことで勝負できるのは、楽しいし勝率もあがりますし、幸せなことですね。不思議なことに、得意なことはもし失敗したとしても、またやってみようっていう気になれるんですよね」

 一番得意な事で勝負。杏さんの言葉が胸の奥に響く。心臓が熱を持つ。そうか、僕は間違ってない。
 (蒔田、ごめん。僕は今から抜けがけする)心の中で蒔田に手を合わせて謝った。「がんばって」渚さんの帰り際の言葉が耳によみがえる。

 「杏さん。カプチーノを淹れるので、飲んでいただけますか?」

 唐突な提案に、杏さんはちょっと不思議そうに首をかしげたけれど、唇の端っこをきゅっと上げてくれた。
 深呼吸をひとつ。杏さんに、今までで一番おいしかったと言ってもらえるように、僕はカプチーノを淹れよう。そしてなんどもなんども練習した絵を、まっしろなフォームミルクに描く。杏さんに気持ちを届けるのなら、僕のいちばんで伝えたい。
 
 杏さんの前に静かにカップを置く。杏さんはカップを覗き込み目を見開いたかと思うと、今度は細めた。唇をひきむすび、また耳まで真っ赤になった。そしてしがみつくように両手でカップを挟んで持った。
 杏さんは猫舌だからすぐには飲めない。カップの中に入っていってしまうんじゃないかと思うほど、身動きもせず見つめている。
 カプチーノを見つめる杏さんを僕は見つめる。

    
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