第29話

文字数 570文字

 そしてモーニングファームは、新鮮な野菜を生産者が直接売ることが出来る人気の市場で、エスペランサもよく仕入れに利用している。つまり杏さんもモーニングファームに出荷しているということか。

 蒔田はさりげなく、なぜ今、杏さんがエスペランサにいると知っていたのか、という説明をして杏さんの警戒を解きつつ、花束を杏さんのために用意したのだと押しつけがましくなく伝えるのに成功していた。

 (あいかわらず、上手いな)

 蒔田の話術には、いつも感心してしまう。
 杏さんは困ったような嬉しいような顔で、遠慮がちに花束を受け取った。

 「ありがとうございます」

 杏さんが大事そうに花束を抱えたのを見届けると、蒔田は軽くお辞儀をした。

 「それでは、お待たせしてすみませんでした」

 蒔田は引き際も鮮やかだ。先程の若い女性にも会釈をして、どうぞと手でテーブルを勧めた。
カウンター席に戻ると、僕をじっと見つめて人差し指でチョイチョイと手招きをする。

 「なんだよ、もー」

 友達の気安さで、つい面倒そうに言いながら、移動する。蒔田が花束を杏さんに渡した事もまだ引きずっている。ズルをした訳じゃないと分かっているのに、ズルいじゃないか、と思ってしまう。

 「なんだよ?」

 グラスを白い洗い晒しの布巾でキュッキュッと音をさせて磨きながら言うと、蒔田はさらにチョイチョイする。
    
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