第48話

文字数 586文字

 そしてサンドイッチを持ち手の付いたビニール袋に入れてまとめ赤い水筒を掴み、僕は大急ぎで車に乗り込んだのだった。エンジンをかける手が浮かれていることに気が付いて、自分で驚いてしまう。
 いつの間に、こんなに杏さんに心を奪われてしまったんだろう?

 蒔田に聞いた住所をカーナビに打ち込んで走ること1時間半。そろそろ杏さんの農園に着く頃だ。
 たった1時間半で驚くほど景色が変わるものだ。ここはもう山道と言っていいだろう。車道はあるもののガードレールはなく、道の向こう側は崖だ。ほとんど一車線の道幅なので山側に寄せたら、ガタガタ揺れた。なぜか溝がある。

 スピードを落として、車をゆっくり走らせると、周りの景色が目に飛び込んできた。道を挟む木々の葉は、夏の勢いはもう失せているが、紅葉にはまだ早い。ところどころ葉っぱの先っぽが色づいているだけだが、なんとなく目に楽しい。
 山肌に自然に出来た小さな滝もあった。夏には涼しげに見えたのだろうが、今は少し寂しげだ。
 
 『ルートが変更されました』

 カーナビの機械的な女性の声がカーオーディオをさえぎった。僕は慌ててブレーキをかけて、車を停車させた。カーナビの画面を見直す。

 「えっ……。通り過ぎた……?」

 画面には新しく検索された、果てしない迂回路が表示されていたが、Uターンした方が絶対にいい。だけど曲がり道なんて、あっただろうか?

    
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