第３９話

　エスペランサでは、いつの間にか杏さんが毎週月曜日と木曜日の朝八時半にやってくるのは、当たり前のようになっていた。
　だから十月初め頃から杏さんが来店しない事が何回か続くと、常連のお客様は「杏さんはどうしたんだろう？」と思っているようだった。もちろん僕もその一人だ。今日も木曜日なのに杏さんが姿を見せないまま時計が八時半を回ると、エスペランサには落ちつかない雰囲気が漂い始めた。
　
　「ねえマスター、杏さんは今日も来ないの？」

　カウンター席に座っている渚さんが僕に聞いたとき、店内のお客様が一斉に僕たちの会話に注意を向けたのはだから当然のことかもしれない。

　渚さんは時々エスペランサにも後輩を連れて来る、姉御肌の女性だ。ベリーショートの髪は、ハイライトを所々に入れたダークブラウンだ。おそらく年齢は三十代後半だろうと僕は推測している。
　渚さんが杏さんを気にかけているとは思わなかった。誰かに相談するよりも相談される方が似合っている人なのだ。

　「さあ……、どうなんでしょうね」