第53話

文字数 608文字

 さらによく考えてみると僕は蒔田の道具として扱われた訳だけど、奴は僕が杏さんの手伝いをすることを喜ぶことも分かっている。「道具に使ったな」と抗議したところで、
 「道具? まさか! 杏さんに近づくチャンスを譲ってやったんだ、ありがたく思え」と、悪びれもせず、そう言うに決まっている。

 当たっているのが悔しいけれど。ならばあいつの思惑通り杏さんの役にたって、ついでに株を上げてやろうじゃないか。僕はフェンスを支える手にグッと力を込めた。

 「杏さーん! 手伝いますから、フェンス、全部立ててしまいましょう!」

 やりかけの一枚を立て終わり、軍手を脱ごうとしていた杏さんは目を見開いていつものびっくり顔になった。迷ったように少し間があいてから、

 「お願いしまーす! ありがとうございまーす」

 杏さんが叫び返した。
 残りのフェンスは全部で五枚あった。最後の一枚を建て終わると、時計はもう一時を回っていた。

 「すみません、手伝っていただいて。助かりました」

 軍手をはずしながら、杏さんが言った。

 「いえいえ。僕は支えているだけで、大したことはしていませんから」

 「とんでもない! 助かりました。一人でやったら、今日も終わらないところでした。ありがとうございます」

 笑顔でお礼を言われると、心臓が跳ねるようにスキップする。そんなことくらいで。中学生か、と自分に突っ込みを入れたが、勝手に体が反応してしまうのだから仕方がない。

    
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