第84話
文字数 467文字
「杏さん。その胸のネックレス、変わっていますね」
蒔田が杏さんのテーブルに座り込み、手を伸ばして胸に下がっているネックレスをちょん、とつついた。
(やめろ、蒔田。気安く触るな)
ポーカーフェイスを装った微笑みに隠して、奥歯を噛みしめる。
それにしても杏さんが嫌がらない位の軽いチョンが絶妙すぎる。黒雲がお腹に広がる。
とはいえ、蒔田の気安さは杏さんだけに向けられたものではない。蒔田にとって杏さんはおそらく、何人かいる気になる女性の一人に過ぎないはずだ。これまでも蒔田は一人の女性に心を奪われるような事はなかったのだから。
モテる蒔田にはもちろん恋人はいたことはあるが、どの人も交際期間は短かった。浮気をする訳ではなかったが、蒔田が「すべての女性をリスペクト」と称して、他の女性にもふわっと心を動かしてしまうから、付き合いが長く続かないのだ。
自分だけが特別なんじゃない、という不安に勝てる人は、そうはいない。いつか蒔田の心をとりこにする人が現れればいいのに、と僕は常々思っていたほどなのだ。
大丈夫だ。奥歯からそっと力を抜いた。
蒔田が杏さんのテーブルに座り込み、手を伸ばして胸に下がっているネックレスをちょん、とつついた。
(やめろ、蒔田。気安く触るな)
ポーカーフェイスを装った微笑みに隠して、奥歯を噛みしめる。
それにしても杏さんが嫌がらない位の軽いチョンが絶妙すぎる。黒雲がお腹に広がる。
とはいえ、蒔田の気安さは杏さんだけに向けられたものではない。蒔田にとって杏さんはおそらく、何人かいる気になる女性の一人に過ぎないはずだ。これまでも蒔田は一人の女性に心を奪われるような事はなかったのだから。
モテる蒔田にはもちろん恋人はいたことはあるが、どの人も交際期間は短かった。浮気をする訳ではなかったが、蒔田が「すべての女性をリスペクト」と称して、他の女性にもふわっと心を動かしてしまうから、付き合いが長く続かないのだ。
自分だけが特別なんじゃない、という不安に勝てる人は、そうはいない。いつか蒔田の心をとりこにする人が現れればいいのに、と僕は常々思っていたほどなのだ。
大丈夫だ。奥歯からそっと力を抜いた。