第30話

文字数 773文字

 七、八番を抑えツーアウト。九番への二球目だった。

 コツを掴んできた望未のストレートが、颯来が思う軌道より浮いて感じた。バッターはもっとそう感じたはずだ。バットはボールの下を振りぬいて空を切る。
 そしてミットをかすめボールは後ろへ……。

 パスボール、後逸だった、すぐさまボールを拾いに行く颯来。掴んで振り向いた時には、三塁ランナーはホームへ。
「あ……」
 言葉も出ない颯来。時が止まったように動けない。
「……ドンマイ」
 ベースカバーに戻っていた望未がグラブで颯来の肩を叩く。

 痛恨の二点目であった。


 七回、望未からの攻撃である。
「ネバーギブアップ! 俺が出て、颯来まで回れば……」
 颯来なら打ち返せる希望はあった。いや、今までストレートのみで抑えられてきた打線で、彼方から点を取るには颯来以外考えられなかった。
 望未の意地は三遊間に内野安打を生む。後一人、後一人出れば颯来まで回る。城山中の誰もがエラーした颯来ではなく、打者としての期待を向けた。
『ミスを取り返せ』そんな想いを持つ人間は、城山中ベンチには一人としていなかった。
 バットを握る颯来の拳に力が漲る。闘志が燃え上がり集中力も最高潮となる。颯来も『期待に応えたい』その一心であった。
 しかし颯来に打席が巡ることはなかった。最後のアウトがコールされた時、ネクストサークルの颯来は涙を隠した。
(俺が『悔しい』なんてみんなの、望未の前で言ってはいけない)



「……何にしても今日は早く帰って休みましょう、帰り道気を付けてください。お疲れさまでした」
 颯来にはほとんど耳に入らなかったミーテイングの最後、先生が締めくくると中村が号令をかける。
「解散」
「ありがとうございました」
「声が小さい、最後しっかり」
「あっっっしたー」
 快晴の空から背けるように下を向いた望未は、誰とも目を合わせず試合場を後にした。
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