第154話 サヨナラゲーム

文字数 788文字

 パスボール……望未は絶望に崩れ落ちる。一番やってはいけないことをやってしまった。しかしミスした自分がショックがってはいけない、他のナインたちはもっと衝撃を受けているはずだ。そう言い聞かせてみても、どうしたらいいか分からなかった。
 振り向くのが怖かった。
(颯来……)
 望未は中学の坂月中との試合を思い出していた。『本人が思っているより周りは何とも思ってないよ』そう思っていたのは当人じゃなかったからだ。『気にすんなよ』そんなこと簡単に受け入れられることではなかった。

 この世の終わりを彷徨ったわりには、時間は経過していなかったようだ、更なる叫喚に引っ張り戻される。
「ファール! ファール!」
 主審の判定はファールチップ。安堵で崩れ落ちる望未。それに手を差し伸べる柳沢。
「しっかりしろ。まだ一死満塁、ツーストライクだ」
「はい、すいません」
 望未は鼻の奥がツンとしたのを無理やり止める。一番ガッカリしているのは柳沢のはずである。ファールチップのボールを捕球していれば三振だったのだ。
(どうする? どうする?)
 それしか出てこないままホームベースに着く。下しか向いていない。


(手が震えるだろ、膝に力が入らないだろ……すぐにゲームに入るな、時間を掛けろ、弱気になるな)
 颯来はその体験から怖さを知っている。
「愉香、悪いな後は一人で観てくれ」
 そう言うと颯来は観客席、前の方に進む。
「おーい来生ィー、おーい、今何アウトだ?」
 颯来は持ち前の大きな声で望未に呼びかける。座ろうとしていた望未は颯来の声に振り返る。大きく手を振る颯来。
「アイツ……」
 望未は苦笑する。
「早く座りなさい」
 主審から注意を受けて座る。
『意外な行動』こそが、偏った意識を切り離し、切れかかった集中力のスイッチを入れ直し気持ちを切り変える。颯来が良くやる手法だ。『分かったよ』と望未は球審にボールチェンジを要求する。
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