第12話

文字数 848文字

『カキーン!』
 歓声が沸き起こる。
 タオルを頭からかぶり、深々とベンチに腰を下ろした直後であった。望未も思わず身を乗り出し、打球の行方を見守る。
 蒸し暑い六月終わりのグラウンド、もう何枚アンダーシャツを変えたことだろう。

(入ってくれ)
 打球がレフトの頭上を越えたのを見届けると、望未は力が漲ってきたのを感じる。
 一対一から、キャッチャー三年中村の二打席連続のホームランで勝ち越しする。決して部員に恵まれたチームではない中、この中村は頼りになる四番であり、望未の球を捕れる唯一のキャッチャーでもある。キャプテンとしてもチームを引っ張ってきた。
 このキャプテンがいたからこそチームもまとまり、厳しい練習にも耐えられてきた。
 野球部の十六強を賭けた試合。城山中リードで迎えた七回表、後一回相手の攻撃を抑えれば勝利となる。ピッチャーとして日の浅い望未は中村のリードに全幅の信頼を寄せている。
 四番から始まる打線、ここが最後の山場である。
 
 サインはストレート。望未は首を縦に振ると、ワインドアップからミットめがけて投げ込む。
「ボール」
 二球目もストレート、外れてしまう。
(不味いな)
 中村は舌を巻く。
 望未の武器は速いストレートを主体に、実戦レベル唯一『高速スライダー』を変化球として持っている。しかし昨日までの雨でぬかるんだマウンド、今日はストレートのコントロールが定まらない。
 速球が決まることで、この高速スライダーがゾーンから外れてもウィニングショットとして効果を発揮する。
(最終回。相手も四番とは言え、少なからずとも焦りはある)
 高速スライダーはストライクを一つでも取った後にしたい。中村はサインを出す。
(え?)
 望未はサインに戸惑う。
(これでいい、投げ分けこそがピッチング技術だ。力対力は個人的な勝負にすぎん)
 スライダーのサインである、それもハーフスピードの。カーブでも良いのだが、ストレート系のボールでないと安心して投げさせられないのが本音だ。
 半信半疑のまま望未は頷いてモーションに入る。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み