第43話 証

文字数 1,087文字

 剣道男子県大会、地区予選戦リーグの上位一校が決勝トーナメントに進み、五試合勝てば全国大会への切符を手にする。
 城西高校の歴史ある剣道部は古豪である。そして強豪校として名を連ねるのが白銀高校、白銅中の多くが進学している。
 千城が白銀ではなく城西に来た理由は簡単であった。白銀が男子校だからである。

 もはやただの都市伝説と化したが、以前は『武道を志す強者は女子に現を抜かしたりしない』というひがみ根性がはびこっていた。女子にモテない部活の男たち、髪の毛を伸ばせない男たちのプライドが確かに存在し、『根性』という伝説の力を手にしていた時代があった。
 武道をたしなむ者として、千城はその強さに反比例する軽さを生まれ持っていた。白銅中でもその男前を以って不自由はなかったそうだ、そう颯来は本人から言われている。
 しかしどんなに颯来が認めなくても、現に剣道という騒がれない部活にもかかわらず、時々剣道場には女子が覗いていることが多くなったらしい、そう先輩から颯来は聞いている。
 時代は確かに動いている、颯来はそう感じられずにはいられなかった。



「礼」
「ありがとうございました」
 座して神前に、先生に、お互いに、三度の『礼』を終えて稽古は終了となる。
 そして『お互いに礼』の時、一番上座に居る主将だけが下座に向かって礼を交わす。他の者は上座側に向かって礼を行う。
「いいなぁ、あれは」
「中学の時俺、やってたぜ」
「俺だってやってたよ……部員、ほとんどいなかったけど」
「わはは。俺なんか二十はいたな」
「ヘン! 三年になったら彦だけ『俺に礼』させてやるからな」
 主将が号令をかける、そして号令は主将の裁量化にある。それでも何を言ってもいいわけではない、しかし代々受け継がれてきた慣例に従っているに過ぎない。
 颯来は大勢を引き連れているようで憧れていた。『一番の証』的にも感じる。強いものが必ずしも主将になるわけではないが、信頼だけでなく強さもやはり要員の一つであることに間違いない。そのためには千城をギャフンと言わせておく必要がある。

「じゃ、少しやるか、颯来」
「おう」
 全体での『礼』が終われば自由である。帰る人間もあれば、自主練する奴、おしゃべりする者も多い。颯来と千城はよく二人で稽古していた。
 千城は剣道には軽くない。

 颯来は稽古であっても千城からほとんど一本取れない。試合中に出せる『技』というものがそれほど多くない剣道は、自身の刃圏におけるスピードと正確さを争うシンプルなもので、相当の実力差が無ければまさかの負けが起こりやすい。
『王者』が存在しない剣道の世界で、千城は圧倒的であった。
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