第95話 勝負あり

文字数 1,006文字

(勝てない……。彦の連打を捉えることができて勝機が見えたはずなのに……。全国一位とはこんなにもすごいのか?)
 絶望だった。埋めることのできない才能を感じ圧倒された。
(もう……負けか? そもそも何で勝負してるんだっけ?)
 颯来の頭の中は果てしなく広がって行くばかりで、そこから何も出てこない。立ち上がる気力が失せていく。千城が遠くで何か言っているような気もする。


 ふと一つ浮かんできた。
(愉香……)
 笑っているのか、悲しんでいるのか、颯来の想った愉香のその表情からは読み取ることができない。
 颯来は『立ち止まっていたらいけない』そんな衝動に駆られる。何か行動を起こすことで正解か間違いか、〇なのか△なのか、泣くか笑うか、やるべき方向が見えてくる。今までそうやって道を見つけてきた。
(明音先生……負けたくない。……まだだ、まだやれる、なぁ望未!)
 颯来は立ち上がる。千城は当然のように開始線で構えて待っている。そして何も言わない。

 開始線で二人の気合を入れる声が響き渡り、試合が再開される。
(考えろ……。彦に俺の攻めは効かない。俺も彦の、あの連打を凌ぎ切れた……その後の返し技で差が出た)
 千城の攻撃が開始される、当たり前に待ってはくれない。颯来はそれを慌てて避ける。
「危ねーな、コンニャロ」
 思わず独り言を呟く。
(落ち着け……、彦は返し技をさらに返してくる。返されても返し返せるように打ち込みをしている? ……何だかゴチャゴチャだな)
 千城の連打が颯来の籠手をかすめ、面金を擦る。
(ゆっくり考えてる場合じゃない。要するに彦は、こっちの返し技の予測ができている、そう考えればいい)
 吹っ切った颯来。千城の『連続打ち』ならぬ『連速打ち』は、数を打てば当たる乱れ打ち方式ではない。これを防ぐ颯来も秀逸な守備力、躱しながら好機を窺う。
(…………。で、どうすんだ? 彦が予測してるなら、俺はどうするんだ?)
 颯来が攻め手を欠いているのが分かっているかのように、千城は大きいのを放り込んでくる。
(ニャロ)
 颯来が千城の面を再び抜こうと半歩下がる。
(!)
 颯来は千城の面を引いて躱しただけで打ち込むのを止める。半歩下がって止まってしまった颯来に、千城の追い討ちの面の二段打ちが飛んでくる。
 颯来はこれを薙ぎ払うようにして辛うじて逃れる。
(分かった! 彦も俺も返し技を出せる時、それと出せない時があるんだ)
 当たり前のことである。
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