第112話

文字数 806文字

 中村は中学三年の夏をケガで幕を閉じた。あのキャッチに悔いはない、しかし不完全燃焼だったのは否めない。そして高校二年間まだ何か成果を得た訳ではない、今年高校生活ラストチャンス、中村にも意地がある、かける想いがある。
『カッ、ッッッッキィーン』
 その想いが飯野の『渾身』を上回る。望未には読み負けたが、振り遅れながらもライトスタンドへ運んだのは意地だ、勝負には勝った。
 六回が終わって一対一。お互いの想いが得点を生んで勝負は終盤戦に入る。

 飯野は踏ん張った、七回もランナーを背負いながらも無得点に抑える。好投に答えたい大城学園打線は助けられない、七回、八回とチャンスというチャンスを作れなかった。
 八回裏ワンアウトから一番バッターにヒットを許す。望未は東栄の送りバントを外し、二塁ベース、ランナー足元への見事な送球で飯野を助ける。
 九回、七番山口に代わって代打、三年の関口。毎日バットを振り続け、ついに掴んだユニフォームに背負った番号は失投を見逃すほど軽くなかった。
 関口が値千金の一振り、思い切って振り抜いた打球はバックスクリーンへと飛び込んだ。勝ち越しのソロホームラン。
 ホームベースを踏んだ関口の目に涙が溜まっていたことは誰も触れなかった。最後九回裏が待っている。


 九回裏、三番中村が打席に入る。内角カーブ、内角ストレートをファールで追い込む。カウント、ツー&ツーから外に流れるスライダーで勝負を挑むもライト前にはじき返される。九回も中村の執念が今日三安打目、チャンスを作る。続く四番にショート頭上を越され、ノーアウト一、二塁。東栄、サヨナラの見せ場が来る。
 しかし守りのチーム大城は、今日三つ目のゲッツーでツーアウト一塁へと流れを押し戻すと、そのまま勢いに乗って逃げ切った。
 両校整列して試合終了の挨拶を交わす。深く頭を下げる望未に、中村は望未の手を両手でしっかり握った。言葉はなかった。そして涙をぬぐった。
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