第64話 手

文字数 975文字

「ね、颯来みてみて、これかわいぃー」
「へー」
「ちょっと、あそこ寄っていいかな?」
「へいへい」
 愉香も天気も機嫌よく、見慣れた街が今日は輝いていた。

「颯来、あそこ新しいお店できてる、行ってみよ」
「レディースファッションとなってますけど……」
「このバック、素敵ねー」
「……ちっとも先に進まん」
 はしゃぐ愉香のテンションに押されまくる颯来。

「いいよ、ブランドもんは。バッタもんでも見てくれさえよければ」
「そんなだから千城君に笑われちゃうのよ、着てみて」
「……どうだ?」
「うーん……次のとこ行こ」
「え? 買わないのか?」
「なんか、颯来っぽくない」
 プイッと店を出て行く愉香。何か気分損ねることをしたかと思った颯来だが、振り向いた愉香はにこやかだ。

「じゃーん、どう? 颯来、似合う?」
「おー」
「続いて……どう? ちょっと恥ずかしいかも……」
「おおー」
 愉香も試着したり、ショッピングを楽しんでいる。

「颯来、これなんていいんじゃない?」
「ぶっ、こんなの着れねぇーよ」
「なんで? 流行ってんのよ」
「やっぱ俺ジーパンでいいよ」
「デニムって言ってよ」
「愉香のお父さんだって、そうだったじゃん」
「そうね……お父さんもジーンズ好きでよく履いてたな……。颯来もお父さんと同じカッコばっかして」
「デニム、じゃねーのかよ……」

「さっき買ったパンツに合うのは……」
「おい、愉香、おかしいぞ、ここ。Tシャツなのに二千円もするぞ」
「颯来、あんまり大きな声で言わないで。……恥ずかしいなぁ」
 愉香は自分の洋服を選ぶように一生懸命だ。

「颯来と買い物なんて中三以来よねー」
「あー、あの頃は誰かの誕生日の度に三人でプレゼント探しに来たもんな」
「そう、その度に颯来はジーパンにチェック柄のシャツ、いっつも同じ」
「デニム……」
「……今は、別々の高校になって、一緒に祝えなくなっちゃったもんね……」
「プレゼントだけ、みんなから」
「ね、今年はみんなで、できないかな?」
「俺と望未の分は? もう終わっちゃってるんだけど」
「十一月、遥の誕生日のプレゼントは、みんなの分も颯来に任せたからね」
「望未に任せるか……」
「ダメよ、あんたがしっかり選んであげなさい、もう……前とは違うんだから……」
 颯来が答えに悩んでいると、『さ、休憩終わり』と愉香はベンチから立ち上がる。また風が愉香のスカートを大きく揺らした。
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