第110話 涙

文字数 944文字

 彼方に布告したは良いが、更科高校と対戦するには、次の試合四回戦、東栄高校に勝たなくてはならない。東栄高校は城山中学時代の先輩、中村がいる。
 東栄高校は過去の甲子園出場経験もある、県下でも強豪校の一つだ。その中でも三年中村は、しっかり正捕手の座を務めている。打順も三番、攻守の要と言って良い。

(中村先輩か、俺にとっては最もやりにくい相手かもな)
 望未は対戦表を見つめる。そこへ遥が声を掛ける。
「東栄戦、望未君の先輩がいる学校よね。望未君がキャッチャー教えてもらってた……」
「だね」
 望未は中学二年秋の新人戦で敗退した後、キャッチャーになるべく中村に教えを乞うた。中村は驚いたが快く引退後も練習を見てくれた。望未のキャッチャーとしてのイロハを叩き込んだのは中村である。
 今でも練習法などを聞くこともあるし、悩んだときには叱咤激励を受け連絡を交えてきた。遥のマネージャーとしての有り方も、中村から東栄野球部のやり方を聞いて、その役割を変化させてきた。

「マネに、選手が使った道具の片付けとかさせてるのか?」
「はい、そうですが」
「強い高校は自己管理をきっちりしている。自分が使ったものくらい自分で片せないような奴はうちの野球部にはいないぜ? ま、自己管理できてるって言っても選手が無理をしないように、ちょっとした体調変化とかはマネが気付いてくれるようにしてくれてるけど」
「気付きか……キャッチャーと似てますね」
「そう、そこなんだよ良いマネがいると、捕手としても勉強になる」
「技術面でも見てもらえるようになる」
「技術面もですか?」
「来生、中学の時からバットが寝てるだろ? 直すよう言っても段々寝てくる、疲れとか、感情とかで」
「例えばバットが寝てきたら注意してくれ、って頼んでおくんだよ」
「なるほど、そういうピンポイントなら難しいことが分からなくてもできるわけですね」 

 これを始めてから、野球部は甘えが減った。最初は不満が蔓延した、マネージャーたちも選手に口出しするのをためらう場面が多かった。しかし体育科の先輩たちに体育会系の社会を押し付けられていた三年生たちは、そういうことに慣れていて、先輩たちが率先することで変わった。遥も選手たちとの交流も増え、ミーティングでも発言するようになっていった。
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