第13話

文字数 1,055文字

『コキッ』
 望未が『ままよ』と投げたスライダーは、打ちゴロのボールに見えたが少ない変化で見事にタイミングを外したボールとなった。
 四番のバットは音痴でフルスイングは鈍い音しか出なかった。望未の足元にボールが転がってくる。望未は安堵から自然と頬が和らぐ。
 ピッチャーゴロ、ワンアウト。
 中村の好リードは何とか上手く望未の力みも消すことに成功した。
 
 しかし続く五番には初球、ストレートをセンター前にはじき返されてしまう。
「ワンアウト」
 中村は檄を飛ばす。
(ストレートに力が無くなってきているか……?)
 中村は中間守備でダブルプレー、ゲームセットを目論む。スライダーを引っ掛けさせて内野ゴロ、それが理想だ。そのために力のあるストレートを打者に見せつけておきたい。
 中村からストレートのサインが出る。
 珍しく首を振る望未。
(スライダーのサインをください)
 中村には望未が勝負を急いでいるのが分かる。女房役の捕手は投手に落ち着く様、意思疎通を図る。
(コースを攻めなくていい、渾身のストレートを)
 再び中村のサインが出る。やや時間を空けて頷く望未。

 あまりセットポジションが得意でない望未が、碌に牽制もせずにモーションに入る。
(しまった、俺のミスだ)
 中村は瞬時に感じる、自分も急いでいた、と。
 バッテリー間でサインのやり取りがスムーズでない場合、ランナーが走る可能性を警戒しなくてはならない。
 中村の予想通り、一塁ランナーがスタートを切る。
 ヒットエンドランが決まれば最悪同点にされかねない。
(高い!)
 望未が放ったボールは、ランナーに気を取られたのか、勢いはあるが真ん中高めだ。

『キーン』
 打撃音が響く。同時に中村が飛び出す。
 小フライだ、打ち損じである。相手打者もプレッシャーが掛かるこの場面、力が入ったのであろう。勢いよく二塁を目指していた一塁ランナーは慌てて中間距離まで戻り出す。
 ピッチャーとキャッチャーとの間、面白いところに飛んでいる。インフィールドフライ〔*打者がアウトになる〕の宣告はない。
「任せろ」
 中村は消耗している望未を退け、自身が飛び込む。
 掴んだ、と思われた白球は、着地したミットからこぼれ出てしまう、落球だ。
 それを見て、一塁ランナーは再び二塁を目指す。ボールの行方は幸運にも望未の足元に転がってきた。望未はボールを掴んで、二塁へ、そして一塁へ……。

「アウト」
 塁審がコールした瞬間、グラブを強く握りしめる望未。
「やったー」
 思わず声をあげて振り返るとそこには、うずくまる中村の姿があった。
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