第124話 手前味噌

文字数 632文字

 試合開始のサイレンが鳴る。バッターボックスには更科高校一番香取が打席に入っている。降ったり止んだりの雨天であった。
 サイレンがかすれてきた辺りで、マウンド上の春原が両手を頭上に振りかぶる。
 第一球はストレートで香取が見逃しストライク。
(よし、腕もよく振れている)
 望未は相変わらずの春原の度胸に感心する。いくらブルペンで良くても、マウンドでダメな者、時、場合がある。特にこの天候である、ファーストストライクは早い方が良い。
 春原の気持ちを乗せるようにテンポよくボールを返す望未。
「ナイスボール」
 球回しの時、二塁送球の精度で図る今日の望未の調子は絶好調であった。捕球してからホームベースから二塁までの39メートル弱の送球、今日なら1.8秒くらいの自信がある。
 幸運の兆しを感じていた。


 一番、二番とあっさりとツーアウトを取る春原。しかし三番小宮山にライト前にヒットを許す。
 調子に乗ってテンポよく返球し過ぎた。打順を考えれば一番いけない場面でランナーを出してしまった。迎えるバッターは四番、彼方。
(来たな……)
 ゆっくりと打席に入る彼方の立ち位置を確認する。いつもと変わらず打席の後ろ寄り、ロングヒッターの立ち位置だ。
「いきなり見せ場だな」
「まだ初回ですよ、ゆっくり行きましょう」
「お前のリード、お手並み拝見と行こうじゃないか」
「手前味噌で恐縮ですが、それでは」
 初球、アウトローへ、彼方見送ってストライク。
(? やけにあっさり見逃したな)
 望未は不審に感じる。
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