第120話

文字数 959文字

 場内は歓声が沸き起こっている。このワンプレーだけで度肝を抜いた。三島のそれも凄いが、千城はもっと凄い。

(何故そんなことができる)
 颯来は味方ながらに戦慄を覚える。対峙している三島はもっと感じるものは多かったはず、それでも果敢に前に出るところは、『さすがは上段を取る者』であった。
 千城は三島の上段を全く恐れる気配も無く、スッスッと右回りに気味に前へ出る。ここで下がっては上段の名が廃る、三島は諸手面を打ちこむ。これを軽く流す千城、いつもより荒い。
 なおも前に出ようとする千城に三島は、間合いに入らせてしまう前に片手面で遠間から飛び込む。

『待ってました』とばかりに千城は前に出て三島の面打ちに竹刀を合わせる。左手だけで振られる竹刀の鍔元に、自身の剣先を引っ掛けるようにして払い上げた。
 自身が振る遠心力にプラスされた力が加わり、いくら何でもこれでは竹刀がスッポ抜けてしまう。そしてがら空きになった三島の面に千城の竹刀が叩き込まれる。

「面有り一本」
 主審のコールは会場の大喝采に掻き消されるも、審判たちの三本の白旗が一斉に上がる。
 千城は取られた反則に、しっかり利子を付けて返した。三島の気持ちを萎えさせるには十分であった。
「始め」
 三度再開した試合、上段に取った三島は、不意に踏み込んできた千城の一歩に、上段を構えているにも拘らず、思わず引いてしまう。
「小手ぇぇ」
 三島が一歩下がったか、下がらないかの間に千城は、三島の左籠手をあっさり攫っていったのだった。

「勝負あり」
 竹刀を収めて礼をする両者。三島側の白銀高校、『良くやった』『惜しかった』と声を掛けるに難しい。しかし城西高校、千城にも歓喜の声や拍手は起こらない。場内は驚きで静まり返っている。
「先輩、決めちゃってください」
 声を掛ける千城。試合場に入るためにスタンバイしていた板谷の横を抜けていく。
「あ、あぁ。任せとけ」 
 礼をするのも忘れて見送る板谷、豊橋。千城が着座すると会場は我に返ったように大歓声が沸き起こる。
 その声に満足したように面を外した千城。手拭いで汗を拭うその表情からは、うっすらと笑みがこぼれていた。
 それを見ていた颯来、温めたはずの身体が固くなっているのに気付く。慌てて準備運動をやり直す颯来に、千城が声を掛ける。
「颯来……大将戦になるぞ」
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