第1話 遥

文字数 993文字

 廊下に立つ一人の女子がいる。
(何してるんだ?)
 進行方向の少し先、そこで起きている場面がどういう状況なのか理解ができなかった。

 放課後の校舎は、明るさや温もりも一緒に下校してしまったみたいにどこか頼りない。古い校舎だから尚更である。日が落ちるのはだいぶ伸びてはきたものの、校舎に差し込む光は少ない。窓の外で揺れる木の陰と風の音が雰囲気を出している。

 来生望未〔きすぎ のぞみ〕は、練習着と靴下のままで音もなく階段を上がっていく。すでに部活動は始まっているのに、全く急ぐ様子もない。
 卒業式を間近に控えた三年生たちに渡す色紙なんてまだ十分間に合うはずだが、今は人数的に練習もままならないから丁度いい。億劫だが春休みが来ればこの階段も四階まで上がることも無くなる、そう思って望未はゆっくり教室へ向かう廊下を歩きだす。


 制服姿で、帰りの身支度は終えている様子のその女子は、うす暗い廊下の壁に背を少し寄りかからせていた。
 目を閉じて前を向いたまま動かない彼女のスカートの中を、二人の男子生徒が下から覗き込んでいる。何の遠慮もないその風景は違和感でしかなかった。

「お……」
 口からその音が出たかどうかのタイミングで、覗き込んでいた男子の一人が望未に気付いたのと、彼女がもたれる壁の反対側にある女子トイレの奥の扉が開く音がしたのは、ほぼ同時であった。
 待っていたそれと、それ以外の何か異変に気付いたようで、壁から背を離す彼女。それを合図に音も無く立ち去る男子生徒たち、手慣れた様子にも感じられる。
「待てよ、おい、お前ら」
 止まるはずもないと思いながらも追いかけなかったのは、こっちを向いた彼女に見惚れたからであった。

 望未の声に慌てた感じでトイレから飛び出してきた女子が周囲を見渡す。
「愉香……?」
「何? 大丈夫? 何かあった?」
 愉香と呼ばれたその女子が彼女の側に駆け寄りながら望未に顔を向けると、その善悪を確認したかのように表情を和らげる。
「行こう、お待たせ」
 彼女の不安を取り除くかの様な優しい声音と、背中に回した手で急かすようにその場を離れて行く。

 それぞれ振り返える女子たち。望未の見つめる瞳は、相手に伝わることなく後から振り返った愉香だけと視線を交えた。いや、彼女の方が前を向いて、愉香の方の視線に気付く。
 思わず望未はその視線を避け、顔だけ横を向く。そこは女子トイレでしかなかった。
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