第136話

文字数 877文字

 ベンチからも敬遠のサインは出ていない。これまでに打者三十九人、被安打五、球数は150を投げているが、春原は五回からノーヒットに抑えている。三日後の準決勝を考えれば継投も有りだが、春原の良い気持ちを切らせたくないのと、やはりここを抑えられるのはエースしかいない。
(延長戦だ、ワンアウト満塁にはしたくない。ここで彼方を抑えることができたなら、流れは必ずこっちに来るはず)
 バッテリーの意志は一致している。
(バントはない、ランナーは任せろ。バッター集中だ)
 春原は頷く。望未のサインを待つ。
(腕も振れている。下半身も乱れていない)
 今こそあの時宣戦布告したリードで春原を助ける、望未は観察、洞察、判断、キャッチャーにできる全てを傾ける。
(ボールでもいい。力のあるストレートを)
 初球、外角低めストレート。
(よし、良い球だ)
 彼方も手が出ない、見逃せばストライク。そう思った望未。
『ッキーン』
 彼方も思い切って振ってきた、痛烈な当たりだがファール。望未の汗が一瞬にして冷たくなる。
 二球目、望未はアウトコース低め、ボールになるスライダーを要求する。それを彼方は難なく見送る。
(最高のストレートを持ってこい)
 望未の強い意志を伝えた三球目。胸元への力強いストレートはボール。これもしっかり見送る。
(バッティングカウントだ、振ってくるぞ)
 望未は彼方が、前の四打席よりやや後ろベース寄りに構えているのに気付いている。
(アウトコースを意識しているのか……ストレート待ち? 内角を投げ難くしているだけか?)
 望未が選んだ球は、もう一球、胸元へストライクになるストレート。ストライクを要求する。

『ワァァァー』
 大歓声が上がる。ボールがレフト線のポールの外に切れていくのを見て、一塁ベース途中で戻ってくる彼方が舌打ちをする。
(誘いこまれたか……?)
 前の打席ではチェンジアップで打ち取っている。なのに春原の速球に遅れることなく振り切った。望未は彼方の恐ろしさを感じていた。しかし何とかここまで来た。追い込むまでが一番難しい。
(追い込んだ。勝負だ大師)
 春原が静かに頷いた。
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