第31話 素敵よ

文字数 992文字

 試合が明けた週初めから颯来は再び不機嫌である。暑いせいもあるのか、望未の席へ寄り付かない。
(颯来……引きずってやんだな)。
 チラッと愉香の方を見る望未。こんな時愉香が颯来の元気のきっかけを作ってきたはず、どっかで助け舟を期待している。
 愉香は珍しく知らん顔をしている、遥は登校していない。

 颯来は望未が足早にグラウンドを去ったこと、望未に悔しい思いをさせてしまった張本人として責任を感じて止まない。野球部全員に『負け』を押し付けてしまった、そんな自覚の颯来には自分が負けた以上に落ち着かない。
 昼休み、給食を一気飲みの如く終わらすと一人出て行く颯来。重い腰をあげようとする望未を愉香が止める。
「大丈夫よ」
 望未は愉香の意図が全く読めないでいた。

 このままサボってやろうかと、正門前まで来てみた。負け犬のようでそれも踏ん切りがつかない。
 植木の陰に見つけてもらえなかったサッカーボールを発見して、とりあえず足で転がしてみる。
「チクショー」
 大声をあげながら蹴り飛ばす。
『ガッ』
「あっ」
 思わず声が出る。ボールは近くの二宮金次郎の像に当たって吹っ飛んでいく。彼が手に持つ本の角が少し欠けているように思える。立ち尽くす颯来。何もかもうまくいかない。

「何しているの?」
「何って……」
 像を気にして動揺する颯来、振り向けない。
「え?」
 いや、やっぱり振り返る。遥の声だ。
「あぁ、遥ちゃん……昨日は……」
『応援ありがと』と言おうと思って止めた。少しホッと胸を撫で下ろす。
「……昨日はかっこよかったよ」
「え? あ、そう……でも……」
「最後、気にすることないよ。そう言ってもそんな訳いかないのが颯来君だろうけど」
「俺のせいで……望未に……野球部の人たちに……」
 恥ずかしくなって背を向ける。
「でも、颯来君がいたから、あそこまでいい試合になった、私はそう思うな」
「……」
「愉香から聞いたけど、最初の颯来君の凄い球投げたとか、打ったところとか、いいところだけ見逃しちゃったから……」
「……?」
「今度はカッコいいとこ見せてよね」
「……遥ちゃん、まさか……」
「見えるよ、颯来君が像を壊したところも」
「良かった……?」
「颯来君……今まで、ずっとありがとう」
 その言葉が今の颯来の全てを埋め尽くす。
「うん、うん」
「もう、颯来君泣かないで」
「うん……俺、変な顔してない?」
「思ってた通り……ううん、ずっと素敵よ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み