第73話 道

文字数 830文字

(思い出したら止まんねぇな、おい)
 昔の記憶が蘇る、あの事だけが繰り返し、繰り返し。



 颯来には姉がいる。障害を持っている。

 小学四年生の時だ、中学生二人組が前を歩いている足の悪い障害者の真似をしてふざけていた。障害者の女性は明らかにそのことに気付いていて、彼らの視界から逃れようと急いでいる。中学生たちはわざと距離を保っている。
 道路の反対側にいた颯来は、それに気付いた。

 怒りがこみ上げてくる。

 姉を想う気持ち。不便して困ることも多少あるが、姉も一生懸命生きている。姉は颯来に優しい。
 颯来は『そいつら』に襲いかかった。
「バカにするな」
 大声をあげて体当たりする。颯来は幼いころから体格も良く、パワーもあった。ケンカじゃ負けたことはない。
「お、何だ」
「何だコイツ」
 中学生は颯来が思いっきり当たっても倒れなかった。
「コンニャロ、謝れ」
 殴りかかる颯来。
「何言ってんだ、バカじゃね」
「ガキが」
 颯来は返り討ちにあった。そしてその見知らぬ障害者はやられた颯来を介抱してくれた。
「ありがとう、ありがとう。ごめんね、ごめんね」
 そう言いながら涙を流していた。


 颯来には、はっきり言って『その女性』はどうでも良かった。ただ、姉をバカにされているようで許せなかっただけだ。それだけだったのに、女性の涙に、その言葉を聞いて自分が悔しくなった。

 翌日、颯来は木刀を持って、『そいつら』を待ち伏せた。それまで颯来は空手を習っていた。しかし昨日、そんなものは通用しなかった。相手は年上で二人だ、武器はハンデだ。
『そいつら』を見つけると、颯来は襲撃する。
(半殺しにしてやる)

「おい」
 呼び止めると、振り向きざまを木刀で叩きつける、鞄に当たったようだが、衝撃で二、三歩ヨタヨタと下がって尻もちを着く。もう一人はその場へびびってへたり込む。そいつに一撃をくらわそうと振りかぶったところ、木刀を誰かに掴まれた。
「木刀は、そういう風に使うものではないよ」

 それが愉香の父との出会いだった。
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