第19話 忠義者
文字数 1,191文字
気配を感じた金四郎が、主人を出迎えるべく、犬小屋からのそのそと這いだしたのだ。
庭先に自転車を停めた誠は、愛犬の前にしゃがみ込み、両手で顔を挟むようにして撫でまわす。さも嬉しそうに目を細めて、されるがままに身をまかせる金四郎を見ているうちに、ふっと、去年のことを思い出した。
憐れむようなまなざしとは裏腹な、揺るぎない決意をにじませて、
「お願いちや……」
誠は崩れるように膝をつき、両手をついた。
「俺ぁ…こんなところで終わりとうない……生きていく場所も、生きてくための仕事も、自分で選びたいがよ……」
保の眉間に刻まれたしわが、さらに深くなった。なにか大きな力で押さえつけられたかのように、誠はがっくりと首を垂れた。
「
「お前だけやない。
「なにが跡取りちや! 継ぐようなモン、どこにあるがや? 家も、田んぼも、畑も、ぜんぶ借りモンやいか!」
誠の怒気が見えざる手となって、力まかせに突き飛ばしたかのように、一瞬、保の身体がぐらりと揺れた。倒れてしまわぬよう、両足をぐっと踏ん張ると、保は静かに口を開いた。
「家じゃち、田畑じゃち、お前が本気で働きよったら、すんぐ買い戻せる」
反論しようとした誠を押しとどめ、保はことばを継いだ。
「専業農家でやらんじゃち、
「宿場らぁ行かん! 俺ぁ、高知へ行きたかったがや!」
血を吐くような叫びが、山々にこだました。
その瞬間、金四郎は猛り狂った。鎖でつながれていなかったなら、保に飛びかかっていたかもしれない。牙をむきだして唸り声をあげる金四郎は、まさに、
金四郎のあんな姿を見たのは、あとにも先にも一度きりだ。
金四郎は捨て犬だった。裏山で木につながれていたところを、誠が見つけて家へ連れ帰ったのだ。それ以来、金四郎は命の恩人である誠に、忠義の限りを尽くしていた。
賢い犬だったから、集落の人間の顔はすぐに覚えて、無駄に吠えるようなことは決してなかった。なかでも、隣人である保には、顔を見れば尻尾を振るほどに懐いていた。
その金四郎に、
気の抜けたような笑みが、誠の口元に浮かぶ。
「どうな? 夜中の散歩と
鎖を外すと、金四郎の顔がパッと輝いた。
ぶるぶるっと身を震わせてから、ぴたりと誠の足元に寄り添う。
誠を見上げる、濡れたような黒い瞳には、はちきれんばかりの、主人への愛があふれていた。