第65話 三度(みたび)の洗礼
文字数 1,063文字
そのあとで、ふっと寂しさが込みあげる。
「高知へ帰る前に、もういっぺんみんなぁで会いたいにゃあ。こないだぁ、ろくに話もできらったけん」
「千代子姉ちゃんもお前に会いたい言うちょったけん、寄ってみるかや?」
帰りの道すがら顔を出すと、耕太郎は留守だったが千代子は家にいた。ほかの家族も樹の久しぶりの訪問を歓迎してくれた。なかでも耕太郎の祖父の耕作は大喜びで、高知での生活について、あれやこれやと樹を質問責めにする。
「おじぃはもうその辺にしちょきや。私はこの子に大事な話があるがやけん」
しびれを切らした千代子は、樹と誠を強引に自室へ連れこむと、樹にだけ、小さな箱を手渡した。誠が、何やら意味ありげに笑っている。不思議に思いつつ、包装紙をはがした樹は、中身を見て仰天した。
「そりゃ、たまげるわにゃあ。俺も、こないだもろうたがや。しかも、メシ食うちょう最中にやぞ。たまらんかったでぇ」
口とは裏腹に、誠はなぜか嬉しそうだ。樹はといえば、驚きのあまり声も出ない。
祥子から「おイタ禁止」を言い渡されたとき以来の衝撃だった。
「その様子やと、どうやら間に合うたみたいやねぇ」
千代子は満足げにうなずく。
「私の見たところ、あんたぁ悪い女に引っかかるタイプやけん。常に携帯しちょかないかんでぇ」
「確かに、『
誠がその名を口にしたとたん、樹のまぶたにどす黒い唇が浮かぶ。
「やめぇや! せっかく忘れちょったに……思い出してしもうたやいか」
「恋多き女」の異名を持つ香は、中学生になったばかりの樹に目をつけ、強引に唇を奪ったのだった。ぼったりと厚く塗られた、黒く見えるほどに濃い紫色の口紅の、ぬるりとした感触がよみがえり、樹は思わず身震いする。
「あんたぁもう気づいちょうみたいやけんど、オンナは怖い生きモンながよ。やけん、自分の身は自分で守らんといかんが」
「言うたち、こんなかさばるモン、持ち歩けやせんでぇ」
「バカやねぇ。箱ごと持ちようヒトがおるかえ! ひとつふたつ、ポケットに入れちょいたらえいが」
「けんどよ、こんなモン部屋に置いちょって、ばぁちゃんに見られたら、ややこしいことになるでぇ」
千代子はしばし考えたのち、引き出しから鉛筆の箱を取り出すと、樹にあげた避妊具の入った箱と中身を入れ換えた。
「これでバッチリちや。必要な分だけ取って、あとは引き出しにでも
ここまでされては断ることもできない。顔をひきつらせながらも、樹は礼を言って受け取った。