第13話 見送り
文字数 1,018文字
真っ暗闇のなか、
「起きちょうで……」
半分眠っているような声だ。
少しすまない気もしたけれど、樹はそのまま話しつづけた。
「誠は…元気にしちょうがか?」
「元気かち、お
「それは、そうながやけんど……あいつ、何べん電話したち、おらんがで」
「バイク屋でバイトしちょう言うちょったけん、忙しいがやないか?」
「バイク屋ち、そんな夜遅うまでやっちょうがか?」
「俺ぁ知らん」
潮はごろりと寝返りを打つ。
眠ってしまったのかと思っていると、しばらくして、潮はまるで脈略のないことを言った。
「中学んとき、お前に『テニス部は
「何な? いきなり、そんな古い話持ち出して……」
「高知へ行くお前を見送ったあとでにゃ、誠が、ボソッと言いよったがや。『俺が、あいつと一緒に野球部に入る言うちゃったら、きっと、なんもかんも
樹は思わず息を呑んだ。
中学生になったとき、野球をやりたい樹とテニス部に入りたい仲間とで口論になった。てっきり味方してくれると思っていた誠は、樹の期待に反してテニス部を選んだのだった。
「やけん、俺は言うちゃったが。『誠のせいやない。野球は上手いヤツがようけおるけんど、テニスやっちょうヤツは少ないけん、ねらい目やち、俺が樹に勧めてしもうたがよ』」
「ほんで、誠は…何て?」
「何ちゃあ言わん。俺が気ぃ遣いよる思うて、本気にせざったかもしれん」
ぎゅっと口を引き結んだ、誠の顔が浮かんでくる。
誠が何を悔やんでいるのか、樹にはわかる気がした。
もしも、樹が野球部に入っていたら、幸弥と出会うことはなかったのだ。
潮は今度こそ寝てしまったらしく、微かにいびきが聞こえてくる。
樹は眠れずに、何度も寝返りを打った。うつらうつらし始めたころ、昭子が潮を起こしにきた。
五時を少し過ぎたばかりで、陽はまだ昇りきっておらず、東の山の端がうっすらとオレンジ色に染まっている。
祖父母とともに見送りに出た樹は、眠そうな顔で車に乗りこむ潮に言った。
「誠に、よろしく言うちゃってくれ。ほんで、たまには電話くれって」
潮は樹を振り返ると、まかせろと言うようにニッと笑ってみせた。
父の愛車、サニーカリフォルニアがエンジン音を響かせながら遠ざかるのを、樹はじっと見つめていた。