第7話 背中
文字数 1,087文字
(父さんによう似た
自分を奮い立たせるように胸のなかでつぶやくと、自転車の速度をあげた。
あたりの空気が風にかわり、ふと、樹と初めてふたり乗りしたときのことを思い起こす。
自転車をこぐたび微かに揺れていた、大きな背中が、記憶の底に埋もれた亡き父の背に重なった。
恐る恐る、幸弥はその背中に頬を寄せた。
汗でうっすら湿ったシャツ越しに、体温を感じた。
そのぬくもりを、大人びた匂いを、幸弥はいまもはっきりと覚えている。
お互い忙しくて、頻繁には会えないかもしれない。それでも、樹が市内にいると思うだけで、なんとなく心強い。同じ高校に通えないことを樹は悲しんでいたけれど、幸弥にはむしろ好都合だった。小学校でも、中学でも、人付き合いが苦手な幸弥はクラスで孤立していた。そんな姿を、樹にだけは見られたくなかった。
幸弥が駅に着くのとほぼ同時に、高知市内からの路面電車がホームへ滑り込む。
「今やったら、母さん、家におるがや!」
電車から降りたばかりの樹に向かって、幸弥はいきなり言った。
「くそ
樹は呆気にとられた顔で幸弥を見つめた。しかし、幸弥が急いでいることは伝わったらしく、現像したばかりの写真を、あわただしく鞄から取り出す。
「好きながを取ってえいで」
「一枚いくらな?」
「金はいらん。モデル代や」
「モデル代ときたか! そりゃまた、えらい値切られたモンやなぁ」
笑いながら写真を受け取った幸弥は、ひと目見るなり、感嘆の声をあげた。
「たまぁ! お前、写真撮るがぁ上手いねや」
「そうか? きっと、モデルがえいがで……」
真っ黒に日焼けした顔を、樹はほのかに朱く染める。
写真のなかの幸弥は、ふだん鏡で見ている顔とはまるで違った。
開け放しの笑顔には、なんの屈託も感じられない。
物憂げな表情は、どことなく気品があり、西洋の肖像画を思わせる。
(…こうして見ると、俺、案外
くすぐったいような、誇らしいような気持ちで、幸弥は次々に写真をめくる。
鼻すじが綺麗に写った、樹の横顔に満足した。
樹との写真も、思いのほか良く撮れていた。肩を組むふたりは、いかにも仲良さげに見える。本当のところ、幸弥はひどく緊張していた。誰かと肩を組むなんて、初めてだったのだ。
「これ…全部もろうてもえいか?」
「もちろん、
幸弥は大急ぎで写真をしまうと、お礼もそこそこに、母の待つアパートへ引き返した。