第3話 再会
文字数 1,082文字
初めて訪れたのは夏の盛りだった。あの日、目に映るものすべてを鮮やかに照らしだしていた太陽は、今は柔らかな半透明のベールとなって、待ち人をふわりと包みこんでいる。
あのときも、今も、
「なんて顔しちゅうがや」
こぼれるような笑顔が、樹の胸の奥の柔らかな部分をそっと撫でる。
「おのぼりさんみたいに、ぽけっとしよってからに」
いつの間に声変わりしたのだろうか、大人びた声音で幸弥は言った。
「…そう言うたち、俺ぁ、実際『おのぼりさん』ながやけん……」
頬の筋肉がこわばって、上手く笑えない。
「それはさておき、ちゃんと軟式のラケット持ってきたがやろうなぁ?」
探るような上目遣いで、幸弥が樹を見上げる。
「もちろんや。それに、まだ硬式用のは
「…もしかして、やっぱり軟式にしようかち、迷うちゅうがか?」
幸弥の瞳が期待に輝く。
樹は返事に困ってしまった。
ふたりの出会いのきっかけとなった、軟式テニスをつづけたい気持ちはある。けれど、軟式なら地元でもできるのだ。
高知市内の高校へ進学するために、樹には口実が必要だった。
——硬式テニスがやりたい
自宅から通える範囲に硬式テニス部のある高校はない。周囲を納得させるには、それが一番通りがよかった。
「まぁ、どっちにしたち、俺には関係ないき」
幸弥はそっけなく言い放つ。
「硬式に乗り換えたせいで、下手になったらぁて言い訳できんうちに、きっちり勝負をつけちゃらぁよ」
銀縁の眼鏡の奥で、形のいい切れ長の目が挑むように光る。
優等生然とした見かけによらず、幸弥は気性の激しい
「ほいたら、行くか」
幸弥がわきに停めておいた自転車をあごで指す。
「どうせ自分がこぐ言うがやろう? ご自慢の長いあんよが邪魔にならんばぁ、好きなだけ上げたらえいで」
皮肉たっぷりの言い回しに、樹は苦笑した。
前回、自転車を借りたとき、樹がサドルを上げたせいで、幸弥のプライドをいたく傷つけてしまったらしい。
「やけんどなぁ、俺じゃち、あれから三センチばぁ背ぇが伸びたがぞ」
口をとがらせて言う幸弥は、なんともいじらしく、ほほえましい。
「そうながか? よかったにゃあ」
樹は笑顔で答える。
その裏で、思わず守ってやりたくなった、ほっそりとした小さな身体は、日に日に失われてゆくのだということが、たまらなく残念に思えた。