第27話 引揚者たち
文字数 982文字
そこで終戦を迎えた直後に、
現地で召集されていた茂の安否も分からぬままに、まだ二十四歳の若さだった祥子が、当時四歳の正と、一歳にも満たない昭子を連れて満州から引き揚げたこと。
盆や正月に祖父母宅を訪れるたび、祥子からそれらの話を聞かされていた樹は、内心またかと思いながらも、顔には出さずにいた。
「向こうの人らぁは、編み物らぁ、ようせんがかねぇ。私が編んだ靴下やら手袋やら、みんなぁ欲しがりよったぞね。それやき、食べモンと交換してもらえたがよ」
その話は初耳だった。少しばかり興味を覚えた樹は、「食べモンと交換したがか? お金やのうて?」と尋ねてみた。
「お金をもろうたところで、私らぁが引き揚げてきた道中には、お店もなぁんもなかったがやき。その日に食べるモンが一番大事やったぞね。交換できるモンを何も持たざった女の人はなぁ、仕方がないき、他人の赤ん坊にお
思いがけない祥子のことばに、
「せっかく樹が食べゆうに、いらんこと言いなや……」
樹の様子に気づいた茂が、やんわりと祥子をいさめる。
そのとたん、祥子は噛みつくように言った。
「いらんことち、なんなが? あんたぁその場におらんかったき、私がどればぁ苦労したか、知らんがや!」
祥子が憤然と台所へ引っ込むと、茂はやれやれというように肩をすくめた。
「ありゃあ、はちきんやき、どもならん」
「母ちゃんのこと、そう呼ぶと怒るがやけんど、『はちきん』ち、どういう意味なが?」
樹が
「男は『
樹は思わず吹きだした。昭子が怒るのも無理はない。
「けんどなぁ、嫁さんがはちきんやったおかげで、子どもらぁふたりとも無事に連れ帰ってもらえたがやき……それだけは、ほんまに、感謝しちゅうがよ」
しみじみつぶやくと、茂はほとんど泡ばかりになったビールをひと息に飲み干した。