第81話 嫉妬
文字数 1,022文字
(幸弥のこと、もっと教えてください……)
大﨑に
大﨑は樹に向かってもう一度軽く頭を下げると、何ごともなかったかのように、幸弥のもとへ行ってしまった。
窓から吹きこむ心地よい外気は、電車が停車するたび、ぴたりと止んだ。天井に取り付けられた扇風機だけが、ぶぅんと小さく音をたてながら、車内の空気を循環させている。
湿りけをおびた生ぬるい風が、樹の汗ばんだ肌にまとわりつく。
ふと、祭りの夜を思い出す。
熱情と劣情とが入り混じり、もはや判別できない「若さ」という名の膨大なエネルギーが、夜気のなかに溶けていた。息を吸うたび樹のうちに入りこみ、ふくれあがった。今にも破裂しそうな痛みのなかで、樹はひたすらに幸弥を想っていた。
その瞬間、好意を持っていたはずの大﨑に対して、憎しみにも似た感情がわいた。
(あのひとも、幸弥に気があるがやないろうか……)
まるで物の
そんな自分が、樹はなんだか恐ろしくなった。
——高知へは行くな!
以前、誠に言われたことばが、今さらのように胸を突く。
誠は、きっと、何もかも分かっていたのだ。
出会ったばかりのころ、幸弥の顔を遠目に見るだけで、声が聞こえてくるだけで、樹は十分に幸せだった。たまたま目が合った瞬間のときめきを、今もはっきりと覚えている。
高知へ来たことで、樹は心置きなく幸弥に電話ができるようになった。会いたくなれば、すぐに会いにいけた。一緒に写真も撮った。ついには、幸弥の大切な仲間にも紹介してもらえた。ふたりでメシを食うこともできた。泣いている幸弥の背をさすり、肩を抱いて慰めることさえできた。
あきらめていたはずの願いが叶うたび、新たな願望が生まれてしまう。願望はいつしか欲望に変わり、樹の理性を侵食してゆく。
幸弥を誰にも渡したくない。そんな身勝手が思いが、どす黒い情念が、自分のうちに生まれつつあることを、樹は自覚していた。
夜の闇に包まれた街を、人口の灯りが照らす。果てしなく広がる、変わり映えしない景色のなかを、樹を乗せて、電車は走りつづけた。