第15話 血縁
文字数 1,106文字
耳の奥で、佑介のまぬけ声が聞こえた気がした。
——なんか、そういうの、えいねぇ……
岡林の声がつづく。
お愛想ではない、心からの声。
実の父親から、家畜同然に叩かれてきた岡林の憧憬が、透けて見えるようだった。
(そんながぁ、幻想ちや!)
胸のなかで、誠は唾を吐く。
そんな自分の馬鹿さ加減に、乾いた
血のつながりほど恐ろしいものはない。
愛も、憎しみも、増加させてしまう。
自分が親を憎むのと同じだけの激しさで、樹や耕太郎が愛されているのかと思うと、誠は大声で叫びたいような気持ちになる。
「おおの! はや着いてしもうた」
車内に響く耕太郎の声が、誠の意識を現実に引き戻した。
農業高校に通う耕太郎は、誠たちよりひとつ手前の駅で降りる。
「ほいたら、またにゃ!」
汽車を飛び降りた耕太郎が、テニスボールのように弾みながらホームを駆けてゆく。
姉の千代子だけではない。底抜けの明るさと人懐こさを孫へと隔世遺伝させた祖父の耕作。家付き娘を鼻にかけることなく、入り婿の夫と子どもたちに惜しみない愛情をそそぐ母。のんびり屋で、世間の目を気にせず自然体で生きる父。そんな家族に囲まれて育った耕太郎だからこそ、自分が愛されていることに、ひとかけらの疑問も持たないのだろう。
誠の顔をちらりと横目で見ながら、佑介が遠慮がちに尋ねる。
「やっぱり、部活はやらんがか?」
「ああ。中学で足るばぁやったけんにゃあ」
誠は素っ気なく答える。
もう何十回と繰り返された問答だった。
佑介は未練がましくため息をつく。
「ほうか……残念ちや。誠とだけは、ずっと一緒にやれる思うちょったがやけんどにゃあ……」
「そりゃ、すまざったにゃ。ほいでも、俺ぁ高校行ったらバイトするち、決めちょったがや」
「ヒゲのジーパン買うがやろう? お前、えらい気に入っちょったけんにゃあ」
佑介が何を言っているのか、すぐにはわからなかった。
もう、一年以上も前のことだ。
初詣の帰りに、仲間たちと冷やかしで入った店で、ヴィンテージのジーンズを見つけたのだ。
「俺はぜったい、バイトしてこれを買っちゃる」確か、そんなことを言った気がする。
こういう些末なことを、いつまでも覚えているような、妙に律義なところが佑介にはあった。
周囲からは軽く見られがちな、佑介の善良さ、人の好さを、慈しむように見つめていた岡林のまなざしを思い出す。
佑介のような男に惚れる女は、自分など相手にしない……
その事実を、誠は悲しいほど理解していた。